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歴史の事実どおり、高校歴史教科書に沖縄戦「集団自決」で日本軍が強制・関与したと書き込めー。29日、文部科学省の歴史わい曲に沖縄の島では怒りのうねりが大きなひとつの意思を示しました。同日、教科書検定意見撤回を求める県民大会が宜野湾市で開かれ、参加者は、会場となった海浜公園に入り切れず
約11万人に膨れあがりました。
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上記は、しんぶん赤旗(07/9/30付)記事の転載です。同記事によれば、同じ目的で別会場にて開催された他市町村での集会参加を含めれば、
県民約10人に1人が参加したことになるそうです。
同しんぶん「高校生代表訴え」記事より、二人の高校生代表発言を抜粋します。
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「私たちのおじぃおばぁたちが、うそをついているといいたいのでしょうか」
「私たちの住んでいる読谷村には集団自決が起こった『チビチリガマ』があります。」
チビチリガマ(壕)での犠牲者は80人超。ガマの中では布団を燃やして窒息を図り、ある人は毒薬を注射し、注射液が尽きると鎌や包丁で肉親が殺し合うなど、悲惨を極めた悲しい歴史があります。
「『敵につかまるぐらいなら死を選べ』という教育や指示を受け、手りゅう弾が配布され、極限状態に置かれた住民たちはどう感じたでしょう。手りゅう弾を配った日本軍は明らかに『自決』を強制している」
「教科書から軍の関与を消さないでください。あの醜い戦争を美化しないでほしい。たとえ醜くても真実を知りたい、学びたい、そして伝えたい」
-------------抜粋ここまで
今年3月、沖縄戦の「集団自決」は軍の命令や強制だった、と教科書に書かないように・・・と文部科学省が検定意見をつけたんですね。
☆沖縄タイムス記事
☆歴史研究者の方々が準備されているアピールも見つけました。文章は長いけれど、分かりやすいです。
国は、日本軍を美しく描きたいんでしょう。沖縄戦の体験者は、口々に「
何より日本軍が怖かった」と言いますし、歴史的事実として「
軍隊は住民を守らなかった」。その真実を作り替えたいようです。そのためには住民が自発的に死を選んだことにしたいのですね。
これに対し、沖縄県民の怒りがまき起こりました。昔から「
命どぅ宝」(=命こそ宝)という哲学を持ち、家族愛の人一倍強い沖縄の人々のことです。自らの手で肉親を殺した人、家族の中で自分だけが生き残った人・・・、軍の命令・誘導・強制・指示・示唆・・・従わないわけにはいかなかった極限の状況とは言え、どれだけの苦しみや悲しみを抱え自分を責めて戦後を生きてこられたか、はかりしれません。それを「住民の自発的な行為だった」とされてしまうことは、人生まるごと再び踏みつけられるような、言葉にできない悔しさなのではないでしょうか。
真実を殺してはならないと思います。考え方は人それぞれ、いろいろ、ある。でも、いつも真実はひとつです。すでに学問的にもたくさんの蓄積がある「史実」を、一握りの人々の勝手な思惑で、ゆがめてしまうことは許されません。
あの戦争を起こした責任は、戦後世代である私たちにはありません。だけど、「
二度と戦争を起こさない責任」を私たちは持っていると、誰か偉いおじさんが言ってました。「
戦争で最初に死ぬのは真実」、という言葉もありました。
実は、わが家の次男坊の「たから」という名前は「命どぅ宝」からとった名前です。ちょうど彼がおなかにできた頃に、沖縄の平和ツアーに参加したんですね。チビチリガマに行き、米軍機の爆音を聞きました。平和の礎に刻まれた人々の名前を見ました。自分が立っているその場所で数十年前に起こった出来事について、どう受けとめればいいのか・・・しーんとした気持ちで考えました。
命こそ宝です。これ以上、大切なことなんてないと思いませんか?国の偉いさんがたは、つくづく、命の重みや人のかけがえのなさについて、考えがなさすぎる・・・と思う、今日のニュースでした。