☆ 菜の花の沖 (二) 司馬遼太郎
物産展だ。江戸時代の流通経済、交易って現在の物産展と同じだ。物産展、JAの農産物販売所が今の時代人気があり、私自身大好きだけど、それはこの嘉平衛の時代も同じようなものだ。各地方の特産物の重要性は、交通、流通の優れた現代よりもっと貴重だっただろう
嘉兵衛が、兵庫の堺屋喜兵衛のもとから独立し、沖船頭(雇われ船頭)となり、兄弟と共に壊れた中古の500万石積みの船を手に入れる。松前、蝦夷地の海を憧れ自分の大きな船を手に入れようと故郷の淡路島都志に戻るまでが描かれている
様々な人との係わり。船きちがいで航海業者・発明家(帆布・荒巻鮭)の松右衛門、兵庫の豪家北風荘右衛門、茨城那珂湊の清右衛門、秋田の船大工与茂平、故郷の高田屋律蔵に庄屋の甚左衛門。とくに愛想が良いわけでもない嘉兵衛なのに、なぜか器量を買われてしまうのもおもしろい
故郷の庄屋が娘を嘉兵衛の弟に、というのもおもしろい。常識ではありえない身分違いの縁。船頭という身分。士農工商の埒外。この身分制度の中では商人という身分も低い。商人を抑えつける幕府。流通経済、船の大きさ等、様々な制約がある。鎖国が流通経済、船の発展、グローバル化を停滞させたけど、そうでなけば江戸幕府は続いてなかった
秋田で材木を積んでくる仕事で、出雲、隠岐、酒田で商売をする。木綿、白砂糖、蝋、黒砂糖、紙、備後表、紅、ニシン。どこで何を買い、どこで何を売るか。時勢や地方を見る目。商売としての面白さがあるのに、嘉兵衛はあまり利に走らない。ただ松前に行ける船が欲しいだけだ
与茂平との会話のところに船の舵の絵が2点あったけど、船の絵や、航路地図等あったらもっと理解できるのに
久しぶりの司馬遼太郎さんは、安心感がある。時代を明確に書き、逆らうことのできないその流れがずんずん迫ってくる。寄り道も一流だ。船の在りかた、作り、船乗り、江戸時代の商人、流通経済、幕府の在りかた
