☆ 新・平家物語 (十四) 吉川英治
「波の底にも都の候う」と耽美的な一語を残して、壇ノ浦に沈んだ平家。「新・平家物語」ってこんなに哀しいお話しだったんだっけ。戦いの最期の平家人の姿が哀しい。
「生年二十六、今世を辞す。さらばぞ」と源氏の兵ふたりを道づれに海中に潜りこんだ、荒公達の教経。教経の父教盛も碇のついた大網を巻きからめ、海底に身を消す。宗盛はあたふた未練をみせ、家来に突き落とされたけど、宗盛の子とともに源氏に助けあげられ捕虜となる。知盛も母の二位の尼、妹の建礼門院のあとを追う。義経、時忠の前で「平家のあとのことくれぐれ、頼みまいらせる」と物申して。ドラマチックだ。
安徳天皇入水には色々な説があるようだ。はたして本当に安徳天皇であったか。ミステリーのようでもある。
平家はけして弱かったわけではない。知盛は水軍を得意とし潮の流れをよくよんでいた。やはり義経のほうが上手であった。
関ヶ原での島津、毛利、小早川、長宗我部のように源平でも寝返りがある。宗盛を見限った桜間ノ介は、単身で義経の首を捕りにいくが義経の技量に感服し和平のために働く。桜間ノ介の兄阿波部重能も源氏につく。
華々しい凱旋のはずが、兄頼朝の勘気に触れる。義経の悲劇がはじまる。必死さが伝わる腰越状も頼朝の心を打たない。
★ 新・平家物語 (十五) 吉川英治
男の影には女がいる。義経の悲劇は女たちも巻き込む。時忠の娘夕花は、時忠の配所である能登へ。静と正妻白百合野は、義経主従とともに都落ちだ。義経と静と百合野のいびつな愛。この時代の一夫多妻はもちろんいびつではないのだろう。自ら別れを決心し、海に跳びこむ百合野がせつない。
「一夫多妻の風は、それになんの不自然さも、時の男女に考えさせてはいない。けれど、相互の愛が、高いほど、真実であるほど、夫婦のかたちは、つきつめられる。1と1との、いやそんな相対でない1つのものになろうとする本能を持つ」「いま死ぬのが、良人へも静へもよい結果と信じたばかりでなく、自分にもそれが最善の救いであり、今の満足を永遠にするものと思った」
女人禁制の吉野山で、義経と別れた静は、やがて捕えられ鎌倉の頼朝、政子の前で白拍子の舞を舞ったのは有名だ。
よしの山 峰のしら雪 踏みわけて
入りにし人の あとぞ恋しき
しづやしづ 賊のだまき くり返し
むかしを今に なすよしもがな
「よしの山」は、義経と別れたところだ。「しづやしづ」もあの頃の帰りたいと、いずれも義経讃歌だ。義経好き好きパワー全開の歌だ。せつなく哀しい。
清盛の初恋の瑠璃子も、妙ノ御のくだりもある。女の哀しさ、諸行無常だ。