壊れかけのテープレコーダーズ Official Web Site
http://kowarekake.com/

小森清貴 solo Album『カトレア』発売中 詳細

小森清貴 Twitter @kiyotakakomori
連絡先 kiyotakakomoriofficial@gmail.com

善なるもの

2017/9/12 | 投稿者: komori

 9/9、10と非常に濃密な2日間を送ったので、それを経て湧き上がった感情を忘れえぬために日記を記します。

 
9/9
 
 壊れかけ企画の昼イベントで『louder than bombs』という企画を下北沢THREEにて行った。元々Weekday Sleepersと対バンしたいなあと思ってた頃合に偶々Teenager Kick Assをはじめて観て衝撃を受け、この組み合わせでやりたいなあ、と思った。土曜の昼のイベントにしたのは、Weekdayが土日しかライヴ出来なかったり、あと僕がブッキング組むのが遅くて土日の夜が目ぼしい場所で空いてなさげだったのとか、あとTHREEが善良なシステムで昼の時間を開放していて、出演者にちゃんとギャラを払えるシステムだったから、とか。そういう安直と言えば安直、ただもうそういうぱっと思いついた直感的な感覚のスピードを頼りに、今までもそうやってきたつもりだけど、今後尚更そうやっていきたいんです。この感覚に勝るまわりくどい説明のような理由は存在しません。結果として、とてもいい内容になったと思っています。たまらなくロックロールなイベントでした。

 これまでの音楽活動で培われた、そういう直観力はそこそこ冴えている方だという自負があるので、今後も、思いついたことだけをやって行きたいと思います。

 そうやって形成された時間空間を共有出来た皆さん、本当にありがとう。お客さん、出演者、ライヴハウス、バンドメンバーに最大限の経緯を。

 その後、夕方〜夜にかけて、笹口夫妻の結婚パーティーに出席。ずっと昔からの付き合いの大好きな2人の新たな門出に立ち会えて、感無量でございました。この間おやすみホログラムの八月ちゃんの生誕祭に行っても思いましたが、お祝いする、という行為はとても素晴らしいことだな、と、そして祝福する時に生じるこの晴れやかな感情が、大変心地の良いものだということに、こんな年齢になってようやく気付きました。そして祝いの席で必要なのは、食事と、酒と、そしてもういとつ、音楽なんだなと思いました。

 笹口さん、えにりん、末永くお幸せに。

 ほんで、深夜BAYCAMPにHave a Nice Day!で遊佐さんが出演するので、共に川崎へ。一年振りにやって来た東扇島東公演はやはり最高のシチュエーションで、夜風と対岸に見える川崎工業地帯の夜景だけで、もう相当に満足なものでした。深夜のハバナイのライヴは案の定暴動そのもののような盛り上がり、というか暴動で、僕は無謀にも半ズボンとビーチサンダルで参戦したら案の定怪我をしましたが、それはそれでやっぱり最高に楽しいものでした。

 ツイッターにも書きましたが、自分には某ロックフェスが大々的に謳う「モッシュ・ダイヴ禁止」というのは、やっぱりよく理解が出来ません。確かに危険なものであるのは確かだけど、人は興奮すると踊ったり、叫んだり、挙句の果てには暴れまわったり、飛んだりする、そういう生き物だと思っています。それは理性や論理を超えた部分にあるもので、細胞が躍動し、自ずとそうなってしまうものだと思うのです。そういう心を解放するものこそが、ロックンロールであると。最低限のルールを守れば、あとは自己責任かと。極端な話、怪我をしない屈強な身体能力を身につければよいとすら思っています。そして本当に危険な時、モッシュピットでは、人と人は助け合います。そういう体験をいくつもしてきたので、知っています。

 僕は以前某フェスに行った時に、ものすごく巨大な看板に「モッシュ・ダイブ完全禁止」と書かた札が立ってたのを観て、衝撃を受けました。ロックフェスが、人間の細胞の躍動を去勢すること、果たしてそれはロックフェスなのだろうか。

9/10
 
 そのまま川崎にて、今度は「夏の魔物」に参戦。実は自分はこのフェスに行くのは初めてです。ロック、アイドル、プロレス、あと今年は80s日本のパンク製、が雑多に入り混じり、会場の客層は今まで体験したどのフェスよりもカオティックで素敵でした。

 観るアクト全てが素晴らしく休む間もなく会場を往来しましたが、中でもゆくえしれずつれずれとBiSのライヴが印象的でした。なんというか、アイドルの子達は自分自身に架せられた業(消費されやすさ、短命さであったり)というものを自覚していて、だからこその「今」にかける覚悟が凄い、と、アイドルカルチャーに触れて日が浅い自分ですが、知れば知る程にそう思います。

 そして大トリの大森靖子は、今日は伝説的な光景を目の当たりにする予感がするとそれなりに覚悟はしていましたが、別次元の凄まじさでした。でも、圧倒されつつも、なぜか自分には無力無善寺や円盤などでやっていた、出会った頃のライヴと、変わらないようにも思うのです。これはあの人の根源にあるもがきっとずっと変わってなくて、その感情を、とてもとても大切にしているからだと思います。会場がでかくなれど、オーディエンスの数がどれだけ増えても、彼女は小さな部屋で、対面して、一人一人に語りかているような、ずっとそんなライヴをしている気がします。

 夏の魔物、素晴らしい時間をありがとうございました。

****************************

 少しずつ、自分の中の、変わらないものは変わらないけれど、変わっていくものは変わってくんだなという自覚があります。

 9月初頭にズボンズのライヴに言った時ドンさんが言っていた「音楽は善なるもの」ということば。100%同調出来るのし、全く以って僕も今そう思うのですが、10年前には果たしてそう思ってたのかな?と少し疑問にも思います。

 善なるもの、か。

 それと「共有」のこと。「共有」とか「共感」ということばになぜかすっと嫌悪感を持って生きてきたんですが、そんなに嫌悪するべき理由はなんだったのかな、とも。ゆるめるモ!のようなぴちゃんかな? がライヴで「私達は共に同じ時間に、ここにいる」というようなことをライヴで言っていたのが残って、共に時間や空間を有し、共に感じるということ。「この音楽を共感、共有して欲しい」、「この音楽は共感出来る」というのはやっぱり気色悪い主従の力学みたいのを感じて未だに嫌悪感があるのですが、ただ「共有」や「共感」は、受け手と送り手のその「間」に確かにあるんだなと、そして受け手・送り手という主従の壁をなくすものなんだなと。

 こういった日々の感動が、また今度は壊れかけだったり、自分の創作に、どのようにな形で表出してくるのか、ということ、そこにはやはり未知があり、道がある、だから音楽は面白いね。

 小さなその一歩でも、訪れし今日に足を踏み出し、生きていこう。
3



コメントを書く

この記事にはコメントを投稿できません





AutoPage最新お知らせ