「 ■遅ればせながら伊藤前市長を冥福をお祈りいたします。」
時事
長崎市長銃撃 統一地方選さなかに起きたテロ(4月18日付・読売社説)

遅ればせながら伊藤前市長を冥福をお祈りいたします。
怒りがこみ上げます。人間として許してはいけないこと、忘れてはいけないことでしょう。(後段に事件を伝える記事を引用します)
伊藤長崎市長は平和宣言を読み上げ核兵器の不使用と廃棄を堂々と訴えていた方です。その宣言は、次のように日本政府に語っています。
「繰り返して日本政府に訴えます。被爆国の政府として、再び悲惨な戦争が起こることのないよう、歴史の反省のうえにたって、憲法の平和理念を守り、非核三原則の法制化と北東アジアの非核兵器地帯化に取り組んでください。さらに、高齢化が進む国内外の被爆者の援護の充実を求めます。」
誰もが望む非核と平和を実現するために、社会を批判しなければならない状況が続いています。宣言のトップにある 「人間は、いったい何をしているのか」の言葉は被爆の地から力のあるメッセージとなって多くの人の心に届いたことでしょう。
「憲法の平和理念を守り」の言葉も武力行使容認と9条を中心とした平和憲法の改憲をめざす勢力には痛烈な批判となっていたことでしょう。
また市民運動にたいして期待を寄せ、核兵器廃絶を訴える署名を広げるためポスターにも写真を提供し運動の先頭に立っておられたことにも心から敬意を表します。
4月18日付・読売社説を読み直して、被爆地の市長として非核を訴えてきた伊藤氏の姿を伝えず、事件の背景として公共事業関連のトラブルを取り上げ「 圧力に屈していては、健全な行政は成り立たない。」などとしている。一面的で真実を伝えない文章ということでしょう。
読売社説でよく取り上げる「テロとの戦い」として事件の捜査と再発防止に当たってもらいたいものです。
2007年4月18日の長崎新聞の記事を引用しておきます。
伊藤長崎市長が死亡 容疑者に確定的殺意か
十七日夜、長崎市大黒町のJR長崎駅前にある本人の選挙事務所前で指定暴力団幹部に拳銃で撃たれ重篤だった伊藤一長市長(61)は十八日午前二時二十八分、搬送先の長崎大医学部・歯学部付属病院(同市坂本一丁目)で死亡した。通夜は同日、同市内の斎場で行われた。十九日は近親者のみで密葬を行う。
司法解剖の結果、死因は背部の銃創による大量出血。捜査本部は伊藤市長の死亡を受け、殺人未遂容疑で現行犯逮捕した同市風頭町の指定暴力団六代目山口組水心会会長代行で無職、城尾哲彌容疑者(59)の容疑を殺人に切り替えた。
長崎市長銃撃 統一地方選さなかに起きたテロ(4月18日付・読売社説)
統一地方選のさなか、長崎市の伊藤一長市長が銃撃された。22日投開票の市長選に4選を目指して立候補していた。(中略)
事件の背景も考えねばならない。地方財政は厳しい。公共事業は削減され、建設業界の談合なども通らない。
古くからのしがらみを絶つ改革が必要なことは、どの自治体にも共通した問題だが、圧力に屈していては、健全な行政は成り立たない。
地方政界では、1996年10月に、産業廃棄物処分場建設を一時凍結した岐阜県御嵩町の町長が、自宅で何者かに襲われて、重傷を負う事件も起きている。暴力団や政治団体などが行政に脅しをかけて利権を得ようとするなど、対行政暴力も深刻化している。
(後略)
長崎宣言
http://www1.city.nagasaki.nagasaki.jp/abm/heiwasengen/sengen_j.htm