
レッツラゴンでおなじみの武居記者が書いた本です。
いかりや日記さんでこの本の事を知り、購入しました。赤塚マンガがどうやって作り上げられて行ったのかを具体的な作品名と時代背景を交えながら書いていて、非常に興味深い内容です。
赤塚マンガは僕のサイトでも何度も取り上げましたし、このブログでも何度かレビューしましたが、僕にとって赤塚不二夫先生というのは憧れであり尊敬している大天才です。小学校時代は赤塚先生に憧れて僕もせっせとギャグマンガを描いていました。今でも僕の描く絵は赤塚マンガの影響が一番大きいです。
この本を読んで、今まで疑問に思っていた事のかなりの部分が解決しました。なぜおそ松くんが途中で映画のような壮大なスケールのマンガになったのか、天才バカボンが実験的でアバンギャルドな内容になったのか、赤塚不二夫名義から山田一郎名義になったのか、というような謎に対する答えが書いてありました。
天才バカボンやレッツラゴンがハチャメチャな内容になった頃、僕は小学生で、それでも非常に面白くて毎週コーフンして読んでいました。この時期の赤塚マンガを「荒れた時期」だと批評している人もいるようですが、僕は全然そうは思いません。見開き2ページに1コマだけの実物大マンガや、左手や足で描いたマンガなど、僕は大変に影響を受けました。
この本には、どうやって赤塚マンガが生まれたのか、という話が良く出てきます。僕が夢中で読んでいた小学校の頃にはこのような情報はなかったので、今更ながら「そうだったのか!」と感動しながら読みました。僕のように赤塚マンガに夢中になった人なら、読んだ方がいいと思います。
赤塚先生は由利徹を好きだったという記述も興味深く思いました。何かの番組で、赤塚先生の家で由利徹と2人で対談しているのを見た事があります。赤塚先生は自分の母親がいかに優しかったかを泣きながら話し、号泣しながらオーディオのスイッチを入れると「花街の母」が流れ、由利徹が条件反射で例の当てぶりをやりました。それを赤塚先生が泣きながら見ているというシーンでしたが、コメディアンを全うしている由利徹に対する尊敬の念があったのですね。
この本の序章に書いてある内容には切ない気持ちになりました。僕は数年前まで赤塚先生のサイトの日記を楽しく読んでいましたが、ある日更新が止まりました。でもそれからも、赤塚先生は静養かリハビリをして過ごしているのだと勝手に思いこんでいたのです。まさか、もう3年以上も眠ったままだとは夢にも思いませんでした。とても言葉に表せないほどのショックを受けました。
でも、今までも数々の病気に打ち勝ってきた赤塚大先生です。そのうち「あ〜よく寝た」と目を覚ましてくれると信じています。その日まで、改めて赤塚マンガを読み返しながら待つ事にします。これでいいのだ。
↓赤塚先生関係の文章です:
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天才バカフォン?/携帯電話・天才バカボンモデル発売」
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赤塚不二夫・鬼の面2008/でん六」
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赤塚不二夫・鬼の面2007/でん六」
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チビ太のおでんの具を検証してみる」
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コケジャラホイチャカチンポコペン」
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おそ松くん(16)/赤塚不二夫」
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赤塚不二夫・鬼の面/でん六」
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天才バカボン(1)/赤塚不二夫」
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チビ太/赤塚不二夫(パワァコミックス)」
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おじさんはパースーマン/赤塚不二夫」