今週の天国の日々
「この奥義とは、あなた方の中におあれれるキリスト、栄光の望みのことです。」コロサイ1:27
クリスチャン信仰を表す際に使われる「望み」という言葉は、一般で言う「望み」とは違う。聖書に示されている望みは、漠然とした望みではなく、求められていること、約束されたこと、願われたことが必ず満たされるという確信のある期待なのです。パウロとテモテは、宣教の苦しみの中にあっても、何ものも動かすことのできないキリストにある確信を持っていた。それゆえ、二人は、キリストが望まれるなら何でもする心構えが出来ていた。
キリストへの服従が要求されるなら、二人は、何事でも忍耐する覚悟であった。二人は、自分達の語るメッセージに確信を持っており、仕える主ご自身に絶大な信頼を寄せていた。そして最大の苦難の中にあっても「あなた方の中におあれれるキリスト、栄光の望み」と言いながら、望みを持って前進した。
この二人はキリストの力と真実とを確信して自ら進んで行き、冒険をいどみ、困難な働きに身をていしてぶつかり、辛抱して最後まで戦い抜く備えが出来ていた。
今の教会の中で私たちが本当に必要としているのは、このような、響き渡るばかりの確信の気構えではないだろうか。ある人が行った。「神に向かって「山」(問題)の大きさを言うのではなく、山に向かって神の大きさを言いなさい。」
クリスチャンにも難しいことばかり見て、問題だ、問題だと騒ぐだけの人もいる。私たちは一人一人、主イエス・キリストこそ真に私たちの「望み」であることを告白して、新年を歩き出そう。

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