ここ数日の暑さで夏バテ気味です

ブログの更新も滞ってしまいした……
とはいえ、この記事をもちまして213曲制覇まであと20曲

気を取り直して
フンドシのひもを締め直して(ぇ?)
がんばりますよっ
さて……突然ですが皆さん。
あなたは神を信じますか?
これって昔よく、新宿の路上を歩いてると引っ掛かりましたね。
いかにもアヤシゲな外国人が
「チョッ〜ット、イイデスカァ〜?」と近づいてきて
上記の質問をいきなり浴びせるのだ
で、マジメに本題。
いろんな場所で言ってるようにGORICOは無宗教のカタマリだけど
無神論者ではありません。
感覚としていちばん近いのは、日本古来のアニミズム。
万物に神が宿るという、あれですね。
おじいちゃんの家には「かまどの神様」や「便所の神様」がいたし
茶碗や鉛筆にも神様が宿ってるから
粗末にしちゃいけないと、小さいころから言われて育ってきた。
だから私はマジメに神様を信じてます。
そして最高位の神様は、私の心の中に住んでいる。
道に迷った時、いつもその神様に問いかけます。
自分自身を裏切っていないか。
人に優しくできているか。
驕りや、高ぶりや、偽りに汚されていないか。
問いかける時は、私という人間のエゴを小さく小さくして
静かに穏やかに、祈りの感覚を持つようにしています。
そう。
祈りというのは自分のためでなく、人のためにおこなうもの。
そんなふうに自分を少しだけ捨てられたら
心の中の神様は、いつもちゃんと答えをくれるんです。
神様への対峙のしかたとしては「祈り」のほかに「誓い」がある。
でも、誓いは破られることが多い。
これは、誓いのほうが祈りよりもっと
“人間わざ”だからなんじゃないかな。
人間って、しょせん弱い存在だから
いくら神様に誓ったって、自分の都合=エゴに支配されてしまえば
平気でそれを破ることができるんです。
世界各地で「非戦の誓い」が繰り返されてきたのも
それが理由でしょう。
エゴが出発点にならない「祈り」が世界中にあふれたなら
“人間わざ”を超越する奇跡が起こるかもしれない
夏バテで弛緩状態になったGORICOの頭は
そんな夢想を思い描くのであった……
。゜☆。:。+゜゜+☆。:゜。
それでは今日のリリックを。
ポールお得意の美しいラブソングで
「今日の誓い」という邦題がついてます。
「君は言う
たとえ ぼくが遠くへ行っても
愛し続けると
ずっと思い続けると
そうだね ぼくにもそれがわかるはずだ
いつか 離れ離れになって
寂しい気持ちを抱いたときに
きっと思い出すよ
今日 二人で誓ったことを」
You say you will love me
If I have to go
You'll be thinking of me
Somehow I will know
Someday when I'm lonely
Wishing you weren't so far away
Then I will remember
The things we said today
("Things we said today"より)
しかし、こんなふうに恋人同士がいくら愛を誓ったところで
誓いというのは“人間わざ”だから、いつかは
「

二人の心と心が〜今はもう通わない〜

」になってしまうのだ。
祭壇で誓う永遠の愛というのも、けっこうマヤカシかもしれません。
だって図らずも、ポール自身が証明しちゃったでしょ?
213曲まで、あと20曲!
