近ごろこの田舎でも鯉のぼりをあまり見かけなくなりました

子どもが減っているのか、お祝い気分が減っているのか
お雛さまもしまいっぱなしのズボラ母としては
鯉のぼりなんてトーゼンそのありかも知りませんが
わが息子の心身健やかな成長を願う気持ちは、人一倍強いと思う
子育てに関して大した哲学を持っているわけではないけれど
「これだけはゼッタイ譲らない!」
と意を決して実行してきたことが一つだけあります。
それは、子どもたちに「ゲーム」をいっさい与えないということ
思えばゲーム市場の急成長時期というのは
わが子たちの幼児期・児童期と時をまるで同じくしていた。
同年代の子どもたち(とその親)が怒涛のようなブームに巻き込まれ
その市場経済論理にまんまと絡め取られていく中で
「うちはゲームを買わないよ!」を貫くのは
けっこう大変なものがありました
だけど、こうと決めたら譲らない。
ここで親がぶれるのは、子どもにとっても不幸なことだからです。
子ども自身が善悪の判断基準を身につけるまでは
親は絶対専制君主であるべき
そんなわけで、異論反論があるのを承知で断言すると
今の世の中おかしな事件が多いのは、ほとんどゲームの罪でしょう。
ゲームが提供するバーチャル感覚が、子どもの心を蝕んでしまった。
だから、池の白鳥を棒でなぐり殺して
「楽しいからやった」なんて言う中学生が出てくるんです

今からでも遅くない。
子どもたちからゲームを取り上げて、捨ててしまいましょう
折りしも、5月の第一日曜から「動物愛護週間」とか

(アメリカでの話ね。日本では9月らしい)
自分より弱い存在――もの言わぬ動物たちへの愛護の気持ちを
せめて持てる子どもを育てなくては。
それが私たち大人の義務だと思います
。゜☆。:。+゜゜+☆。:゜。
それでは今日のリリックを。
アメリカ西部開拓時代、数百万頭の野牛を殺してヒーローになった
「バッファロー・ビル」という人がいました。
そのパロディとしてジョンが作ったのが、これ。
母親同伴でトラ退治に出かけるマザコンハンターを皮肉った歌です。
動物愛護的なところが、ポールもお気に入りだったとか。
「“ねえバンガロー・ビル 何を殺したの?”
子どもたちがビルにきいたんだ
動物を殺すのは罪じゃないのかって
すると彼の母親が割り込んで
“凶暴に見えるときはいいのよ”
でも 見かけで殺されるのは
動物じゃなくて人間のほうだろう
子どもたちが歌うよ
“ねえバンガロー・ビル 何を殺したの?”」
Hey, Bungalow Bill
What did you kill, Bungalow Bill?
The children asked him if to kill was not a sin
"Not when he looked so fierce"
His mummy butted in
If looks could kill
It would have been us instead of him
All the children sing
Hey, Bungalow Bill
What did you kill, Bungalow Bill?
("The continuing story of Bungalow Bill"より)
ちなみに、この曲の中で母親のセリフを歌ってるのはヨーコ。
ちょっと不気味な声がビルのお母さん役にぴったりです
213曲まで、あと37曲
