今日はとっても暖かい一日でした。
朝、主人がミルクに牛乳とフードを
持って行き、
少し口にしたそうですが、
昼過ぎに行ってみると
暖かい日差しを窓越しに浴びて
ガリガリに痩せた体が硬く、
ソファの上に横たわっていました。
ミルクは
とうとう天国に旅立って行きました。
もう何度も動物の死に直面してきたけれど、
いつも、
後悔しない事はありません。
最高のひとときをもらっているのに、
彼らには最高のひとときをずっと与え続ける事が出来ず、
我慢させたり、抑制したりして
人の思うがままに振り回しています。
どんな動物を飼っていても、
「飼う」という状態がすでにエゴなのかもしれません。
「動物だから・・・」って、
人もその動物なのに、
他を制することだけ一人前で
満足しているだけなのかもしれません。
「動物を飼う」というのは
一体なんだろう・・・と思います。
私の場合、
「死ぬのが嫌だから飼わない」のとは違うし、
「動物を支配したい」とも違います。
最初はやっぱり「かわいい」という表現しかないところから
始まりますが、
一緒に過ごした思い出が増えていくにつれ、
そばにいるのが当然になっていく生き物になります。
その間、
いつか天国に行く事を忘れています。
ちょっとずつ年老いてそう思える日が来るまで、
まるで浦島太郎みたいに、
楽しい時間を彼らからもらっている気がします。
いなくなって、
楽しかった頃の思い出がよみがえると、
ほろ苦い、切ない、淡い痛みが
胸に鈍く残るんです。
11歳半のミルクがいなくなって、
今度は7歳半のバニラまで何か痩せて見えて、
自分も同じだけ年をとっているのに、
犬たちの生涯の速度が、
私達人間とは大きく違うのが悲しいです。
ミルクがずっと大の仲良しだった
シベリアンハスキーのサスケが、
天国で待っているね。
また2人で雪の中をかくれんぼしながら
走り回っている画を
ちょっと想像しては、
気持ちも救われるような気もします。

元気だった頃のミルク(左端)。
いつも放牧する時は
必ず私の足元から離れなくて
ウォンウォンと鳴きながら
私の手を甘噛みしては
シッポをフリフリしていたミルク。
安らかに眠ってね。
いつか私が天国(行けるのかな?!)行ったら、
また一緒にいようね。