2年前、脳出血で身体障がい者となった義母が、4日夜、突然倒れました。
夫まさぼーの『赤いベレー帽』で、その時の様子が詳しく書かれているのでこちらでは省きます。
http://love.ap.teacup.com/oblivious/
まさぼーの実母である彼女は、昔から身体が丈夫ではなく、大病をいくつも患いながらも、不屈の生命力で何度も復活してきた人です。
しかし、今回はさすがに状況が悪いと家族は覚悟しました。脳の病気はこれで5回目です。はっきり言って義母の脳の血管は細くなってしまい、何回も切れたためにボロボロに…。
手術は無事成功し、一夜あけて容態は小康状態に入りました。
2年前のお正月に脳出血で倒れた義母は意識が回復したあと、言語障がい、右半身付随、食事制限等、第一級身体障がい者となってしまいました。義母はこちらが元気をもらうくらい、いつも張り切って一生懸命リハビリを受けてきました。
それは、また元気になってお店に戻りたい。生きていたい。という強い思いがあったからこそ、奇跡的な回復を遂げることが出来たと思っています。
人の体と心は正に一心同体。気持ちを常に前向きに目標を持って生きることによって、病気を跳ね返すエネルギーが体内から流れてくるようです。
退院してからの義母の生活は、シンプルなものでした。以前のように大好きなお肉や甘いものをいっぱい食べる贅沢な食事ではなく、和食中心の食事に切り替えました。
週に2回リハビリに通う他は、我が家で営むお店に毎日出て、出来るだけ仕事に励んでいました。不自由な体が時に義母の精神状態に影響を及ぼしたこともあったはずですが、それでも泣き言は聞いたことはありませんでした。しかし言語障がいがあるため言いたくても思うようにしゃべれない義母にとって、泣き言より伝えたい大切な言葉が他にいくらでもあったのかな…?と今になってみると感じます。
言動や行動で何度となく失敗しては、周囲を困らせてきた今までの義母だったけど、1回目の脳出血後のこの2年間は、不思議なことにその『言葉の大切さ』と、『良い行動とやってはいけない行動』を実感した日々だったかもしれません。
そして、支える家族の愛と、家族以外の人々の思いが彼女の中に流れていったんだと確信しています。
お店の資金繰りやいろんな事で、ケンのある表情を見せることもあった2年前の義母は、重い病気を境に柔和な顔になってゆきました。本人も日々成長していたのでしょう。そしてそんな義母を見て、私達家族も学ぶ事や気づく事の多い精神的幸せに満ちた2年間でした。
倒れる2日前は、家族で一致団結して難しいお店の状況を変えながら乗り越えていこうと約束し、1日前は、彼女の姉妹、友人が久々に顔を見せに来て楽しく過ごしていたそうです。
その矢先に今回の2度目の脳出血。きっとこれにも意味がある。これからも勉強と気づきの毎日は続きます。
悪い事も良い事もすべて学ぶきっかけを運んでくれます。個人個人天から与えられた課題が違うため、歩みのペースは人それぞれです。
義母の歩みは今どのあたりなのでしょうか。
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ありがとうございます。

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