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小森清貴 solo Album『カトレア』発売中 詳細

小森清貴 Twitter @kiyotakakomori
連絡先 kiyotakakomoriofficial@gmail.com
2016/9/14 | 投稿者: komori

 一応、本作のリード曲になるのかな。正直、今回はどれがリード曲でもよかったんだけれど、最初の間口としてPV作るなら、これかな、と。PVは撮影編集の白岩君が素晴らしい仕事をしてくれました。

 そもそも「水瓶座の時代」って、と疑問に思われる方はここに記すと長くなるので、興味あったらググってみて下さい。端的に言えば、新しい時代、っていうとあまりにも安直だけれど、第二次大戦後のアメリカを主として世界各地で同時多発的に起こった、カウンターカルチャー、ヒッピーカルチャーやニューエイジ思想と言われる運動の中での、それまでの近代的物質文明から、より精神的な人類の進歩というか、そういう風潮の中で使われていたワードである。

 それにしても、星座って面白いよね。水瓶座とか、天秤座とか、生き物じゃないじゃないですか。他は生物なのにね、なんでこれらだけ紛れこんできたのかな、と。古代の人が星の繋ぎをそう見立てたのだからしょうがないか。


 でも、その水瓶座の時代、ってことばの使われ方は、「水」という、かたちなく流動するイメージと合致する。

 僕らの行いとは、音楽っていう水瓶に、新しい水を注ぎ続ける行為なのかもしれないな。



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2016/9/13 | 投稿者: komori

 アルバムタイトルを関する曲でもあり、曲順の真ん中に据えたのも、核のようなものにしたかったから。

 一時期サイレント映画にはまっていた時期がある。サイレント作品の魅力的なところは、ことばがないが故の役者が表情や身振り、手振りに注ぐ演技力の素晴らしさだ。その昔かのチャップリンがトーキー映画が登場した時それを嘆いたその理由が、映画とはことばがないからこそ、万国に共通に伝わるものだ、と当初考えていたというのも、頷ける話。ことばは伝達であると同時に、時に暴力そのものにもなる。世界の事象のひとつひとつに名前がつけられるということは、そういうことなのだ。

 詩人とは常にその事態と闘ってことばを紡がなければいけない存在でなければならに、と、常に歌詞を書くときは思うけれど、だけど音楽におけることばとは、もっと流動的なもので、最早意味じゃなくていいんだろうと、強度だけがそこに込められればいいんだと、そう思いながら、曲を書いている。


 多弁は避けよう。作品は、何も語らない方が、よい。



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2016/9/12 | 投稿者: komori


 なんてことはない、特筆すべきところのない楽曲だと思う。だけれども、こういう楽曲こそが壊れかけのテープレコーダーズの真髄とも言えるのかもしれない、もしかしたら。

 男女ヴォーカルが過不足なく織り交じり、でいて、やっぱり、メロディー、ああ、そうだ、結局は自分はメロディーが好きなんだなあと思うし、メロディーを作り出したいんだとも思う。

 そういう意味では、この曲は何らそれまで僕らが試してきたものから逸脱するような方法論は何もしていないかもだけれど、でも、それでいいんだとも思う。

 僕らはなんせアフター・ザ・ゴールド・ラッシュの更に遥か先の時代を生きているわけだし。

 夢は、とうの昔に、終わったんだよ。

 その、果てに残るもの。

 それだけをずっと考えていよ。
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2016/9/11 | 投稿者: komori

 この曲もまた「idiot o’clock」というかつて現存したバンドから、その名をタイトルに拝借。こんなことばかりしていて大丈夫かしら。某人気グループのような問題に発展しないといいが。しないか。(笑)

 サビのメロディー、歌詞だけが、ずっと昔からあった。それこそ10年前くらいから。「あの時、流れなかった涙が、今頃流れるなんて。馬鹿だな」というのは、手塚治虫『火の鳥 鳳凰編』の最後の方の場面で、主人公我王の「あの、手を斬られた時に出なかった涙が・・・」という台詞から着想を得ています。

 誰しもにある、仕官の経過による、気持ちの流転、またそれにより生じる後悔の念。今、として掴み取るべきだった現在は、時に無残にも未来に持ち越され。気付いた時には現在は過去とし記憶の奥底に埋め立てられ、想起は出来ようとも、それは感覚としての今を再び取り戻すことは出来ない。

 白痴のような狂った時計の針はもう戻らないものです。

 曲調はDJシャドウとか、トリップポップの影響。なるべく時間間隔を麻痺させるようなビートにしたかった。


 これも動画はないので、せっかくなんでバンドのidiot o’clockを。



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2016/9/10 | 投稿者: komori


 「virgin insanity」っていう、70年代初頭のアメリカにて数年間のみ活動した男女ヴォーカルのグループがいるんだけど、そのバンドが好き過ぎて、曲名にしてしまった曲。当時の彼等の活動はと言えば、自主盤のアルバムを2枚作り、それをまあ親しい間柄に売るっつーか、配るくらいな、まあ音質や演奏力もかなりアマチュアで、で、それをグループが消失して長年を経た後、アシッドフォークとかそういう筋のコレクターが発見し、再発され、伝説の…呼ばわりされ、日本でもCDが出て・・・、という、よくある話ではあるんだけど、

 そういう作品って最終的にはやはりその詰めの甘さから飽きがきてしまって、大概のレコードは売り裁いてしまったんですが、このグループだけはなぜか特別に大好きで、儚く頼りない男女ツインヴォーカルのハーモニーは、壊れかけ結成に至る決定的な方向性の示唆を当時の自分に与えた。要は、彼等をパクリたかったのだ。

 ただのvirigin insanityの話になってしまいましたが、この曲の制作のイメージは若き日の焦燥感っていうのかな。実際のこのグループは当時恋人同士だったヴォーカルの男女が、破局と共にあっけなくその歴史に幕を閉じた事実をテーマに、歌詞は書いた。

 そういう、あたりまえに、誰しもにある、はじまりの中にひそむ終わり、はじまりの中にひそむ狂気の歌。若さは時に残酷になしくずし的に、地獄へと向かうものなのかもしれない。

 せっかくなんで実物のvirgin insanityの曲でも。


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