壊れかけのテープレコーダーズ Official Web Site
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小森清貴 solo Album『カトレア』発売中 詳細

小森清貴 Twitter @kiyotakakomori
連絡先 kiyotakakomoriofficial@gmail.com
2014/2/21 | 投稿者: komori

いよいよ本日深夜、Paradiseレコ発。

Paradiseと壊れかけのテープレコーダーズはこれまで何度も対バンして来た。お互い、企画に呼んだり、呼ばれたり、共同企画をし灰野敬二さんお招きしたこともあった。(今考えてもこれは凄い対バンだ。またいつか改めてこの面子でやりたい!)個人的にも一ファン、一客として何度となくライヴも観に行った。そして、その度にその「何度」という語彙は払拭されっていった。いつも、何度観ても、はじめて感じるような心の震えを覚えた。はじまりだけが更新されていく感触。それは最早経験にすら成りえることのない、蓄積されるこのない何ものかだった。積み重ねられるよりかは、崩されていく感じ。それは、はじまりというかは、終わりと呼ぶべきなのかもしれない。Paradiseのライヴは、常にそれは終焉の現場だった。何ものも残され得ぬ、浄化と破壊による更地。

それは常に「その時」で以外あり得ないものだった。その瞬間のみがすべてだった。彼等は、呼詩君は、それだけに全生命をかけていた。

Paradiseをはじめて観た日のことが、ちゃんとこのブログにも記されている。これ。

恐らく、今宵もまた新たなはじまりと終わりの場面に僕らは立ち会うことになるだろう。Paradiseがいて、壊れかけのテープレコーダーズもいる。また対バンが出来る。とても光栄なことであり、楽しみなことだ。

そして、今回の新譜「beatomIn'flower'」が本当に素晴らしい。聴かせてもらった感想を送ったメールを、呼詩くんが大変喜んでくれて、それはいつの間にかオフィシャルに掲載された僕からのコメントになっていた。(笑)「いや、あれは実はコメントを書くつもりで書いたものじゃなくて、ただ率直な感想をメールしただけで、改めてこのアルバムのコメントを書くよ」と言ったのだけれど、それはまだ書けていない。(すみません…)いざ、腰を据えて何かを書こうとすると、あの作品にことばが到底遠く及ばないことに苦心してしまう。どうにか作品を説明しようと、こねくり回されたことば達は、硬直化し、僕が世界で最も嫌悪するあの「音楽評」めいた紛い物と化してしまう。思い返せば、聴いた後即メールで綴ったことばは、そういうものではなかったのかもしれない。自分からすれば随分語彙のない文だとも思うのだが、紛れもなくそれは「その時」の感触であったことは確かだ。そこに、速度は確かにあった。もしかしたら呼詩くんはその速度を感じ取り、気に入ってくれたのかもしれない。彼も、速度の中で生きている人間だから。

最近、ひょんなきっかけで呼詩くんと何度かさしで会話をした。彼は、ステージ上の振る舞いやパブリックイメージとは裏腹に、とても明るく、社交的で、ひょうきんでユーモア溢れる奴で、会話がとても弾む。音楽や芸術全般についてもとても博学で、彼の口から飛び出す固有名詞の数々が、とても刺激的だ。何より、憧れが強い人間なんだなということが、とても共感を持てる。ロックドリームを持ち続けてる人なんだなと。そして最高のエンターテイナーだ!登場だけで周囲の空気を一変させられる奴なんて、今時そうはいないよ。しかも演奏時間内半分はステージに出てこないしね(笑)。

なんだが散漫とした文章になってしまった。取りあえず、今日のイベントに対する僕の個人的な想いの丈と、未完の「beatomIn'flower'」へ対するコメントの断章として、これらのことばをここに残しておきたい。

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2014/2/13 | 投稿者: komori

先週土曜日は記録的な豪雪。北海道以外であんな降雪を見たのははじめてかもしれない。翌日曜はまだ前日の雪積もる最中、日中は都知事選の投票に行き、夜は高円寺書林でkomori+yusaのライヴ。当初セトリには含まない予定だった「雪どけ水を飲みほして」を最後にやった。

「雪どけ水を飲みほして、春へ行くと 君はそんなことば高らかに謳えるのかい?」という、もう随分昔に書いた歌詞のことばを、今改めて己自身で噛みしめる。ポップな曲調とは裏腹に、これは皮肉と疑念の投げかけのことばだ。この街に、世界に、春は来るのか?今尚道の片隅で溶けることなく埃と泥ににまみれながら残された冬の残骸のような雪たちを見つめながら思う。

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壊れかけのテープレコーダーズの新しいライヴ動画がYouTubeにアップされました。先日1/29の新宿LOFTでのライヴの模様です。撮影編集はBOMBORIの坂下ひかり君。ありがとう!9分を超える大作です。長いんですが、是非観てみて下さいな。壊れかけのテープレコーダーズより、壊れた世界へ。

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2014/2/4 | 投稿者: komori

1月のライヴ、終了しました。関わってくれた皆様、観てくれた方々、ありがとうございました。2月も既に1本、終えました。2/1、SOSITEレコ発。僕が世界で一番尊敬するロックバンドbloodthirsty butchersのドラマーでもある小松さんに直接今回のお誘いを頂き共演を出来た事は、本当に光栄でした。無論、SOSITEのライヴも素晴らしかったです。当日、場内BGMでは「kocorono」がかかっていたのが印象的でした。小松さんを見て、自分も何十年でも続けようと思いました。

で、その翌日はTRASH-UP!!×FALSETTOS×HOMMヨの共催によるMama’s Tattooというイベントに行きました。これで観たシーナ&鮎川誠のライヴが本当に本当に素晴らしかった!今もその感動の最中にいて、思い出しただけで目頭が熱くなります。調べたら、シーナさん60歳、鮎川さん65歳、なんという若さ!パワー!エネルギー!体力、体型だって、人間って生物学的に老いるはずでしょう?と思ってしまうが、全くそれを感じさせないお二人の佇まいに、ああ、やっぱりこれがスターなんだ、ヒーローなんだ、と思いました。そしてスターやヒーローはいつも僕らに夢を与え、未来を提示してくれる。最後シーナさん、満員のオーディエンスに「夢を諦めないで」と訴えかけていました。うん、頑張ろう。

最近思うこと。こうやってシナロケのライヴは、まだ観れる。ストーンズも今度観れる。日本にしろ欧米にしろ「ロック」というカルチャーの黎明期を築き上げて来た方々は、まだ伝説なんかに成り下がることなく、現在進行形でバリバリ活躍されている。でも、ルー・リードはもう観れない。大瀧さんも佐久間さんも亡くなられた。遅かれ早かれ、生物学的な死は僕らの誰しもに訪れてしまうのだ。語弊があるかもしれないけど、ロックの黎明期を作った人達はもう、おじいちゃん、おばあちゃんなのだ。だけど、まだおじいちゃん、おばあちゃんなのか、ということに気付く。沢山の人がまだ生きていて、現役バリバリな活動をされている。そう考えた時、「ロック」というものが、文化の歴史上で、なんとまだ若いカルチャーなのだろうか、ということに気付いた。戦後半世紀ちょいの間に、あまりにも多くのことが一挙に濃縮され、加速しながら現在まで駆け上がった、若き青春の疾走のようなものなのだ、ロックは、未だ。そしてそのスタート地点に立っていた方々の、いよいよ生物学的な寿命という地点に、ロックは差し掛かったのだ。次の10年後にストーンズは観れるのだろうか。そう考えるととても寂しくなるが、人間は死んでしまうのだ。自分のおじいちゃん、おばあちゃんも、母方、父方ともに昨年で全員死んでしまった。それはロックスターだって同じこと。ライヴを観れなくなるのだ、新譜を聴けなくなるのだ、いつかは。

ロックは半世紀ちょいを生き抜いて、今やっと過渡となる地点に差し掛かったのかもしれない。これから5年、10年、もっと多くのさよならをしなければいけなくなってしまうのかもしれない。だけれでも60代のシーナさん鮎川さんのライヴを観て、20代や30代の僕らの世代のバンドが感銘を受けたように、その灯は決して絶やされることはないだろう。そうやって継承され、ずっと続いてきた。それは今も昔も変わらない。

そんなことを考えながらシーナさんの言っていた「夢」という言葉に想いを馳せ、また今日も。ロックンロール。
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