壊れかけのテープレコーダーズ Official Web Site
http://kowarekake.com/

小森清貴 solo Album『カトレア』発売中 詳細

小森清貴 Twitter @kiyotakakomori
連絡先 kiyotakakomoriofficial@gmail.com
2013/11/29 | 投稿者: komori

突然ですが、というより今更なんですが、
ツイッターの個人アカウントを開設しました。

コチラ。

小森清貴
@kiyotakakomori


良かったらフォローお願いします。こちらもゆっくりですがフォロー返せればと思っております。今、壊れかけアカウントのフォローリストを遡って勝手ながら色々とフォローさせて頂いてる途中であります。もし小森からフォローされた方々いらっしゃったら、決して怪しい者ではないので、何卒よろしくお願い申し上げます。

しかし、実質壊れかけアカウント@kowarekakedayoの中身も75%くらいは僕のようなものだったので、アカウント2つ操るのは大変ですね…。
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2013/11/25 | 投稿者: komori

久々にライヴに纏わる日記を。

11/21は渋谷Last Waltzにて壊れかけのテープレコーダーズ、BARAMONの1stアルバムのレコ発に出演。前身の「喉笛チェインソ」の時代から付き合いのある彼等、個人的には羽賀さんとは壊れかけを組む遥か昔、僕が20歳くらいの頃にやっていたバンドの時代からの繋がりがあって、こういう記念すべき日に2MANという形で共演を果たせたのは感慨深い。羽賀さんはその頃からずっと変わらない、ストイックなまでの音の求道者である。尊敬しています。

壊れかけのライヴは1時間近くに渡るロングセットで、いい感じに出来た。来年はもっとロングセットで演奏出来るライヴの機会を増やせれば良いのだけれど・・・。頑張ろう。

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phpto by Y.Katsunaga

more photo→http://yuusukeddl.exblog.jp/21362507/

BARAMONのレコード、歴史的名盤だと思うんで、皆さんも是非。瀬尾ちゃんが年内で脱退は残念だけれど、また別の形態でも続いてって欲しいです。羽賀さん、またいつか対バン、お願いします。

そのまま休む暇もなく翌日はピンクトカレフにて仙台へ。オワリカラのシングルリリースツアー@仙台PARK SQUAREに出演。

早朝に東京を発ち、仙台入りする前に、大内君のかねてからの希望でみんなで石巻にある石ノ森曼画館に出向く。石ノ森漫画って実はあまり馴染みがなかったのだけれど、館内を観覧していたら色々読んでみたくなった。実は、恥ずかしながら「サイボーグ009」すらまともに読んだことがないけれど、これが一番読んでみたくなった。ヒーローってのは、その強固さとは裏腹の、何か悲しい過去を背負ってたりするんだね。ヒーローを通じて、石ノ森章太郎が何を子供達に伝えたかったのか、ということを考えた。そう、子供達に、ということが、漫画や特撮の、重要なところなのだと思う。

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石ノ森曼画館を満喫した後、夜は仙台でライヴ。完成度高いパフォーマンスが出来たと思う。高野君とのツインギター(ツインリード)の棲み分けも段々明瞭化してきた気がする。共演のQUATTRO、オワリカラ、流石だったなあ。圧巻。久し振りにオワリカラがライヴで最初期の名曲「ドアたち」をやったのを聴いて、なんだか色々なことを思い出し、感極まる心地になった。2009年〜2010年くらいの、光景。あの時とはまた違った時代に今いるんだなあと。あの頃出逢ったバンドの解散や休止、脱退のニュースを今年は随分聞いた気もする。でもそれは人それぞれ。感慨や感傷に浸る暇もなく「足りない、足りない」と歌うタカハシ君はやっぱりどこまでもロックな奴だったよ。

そんな、2日間、でした。

関わってくれた方々へ、ありがとう。
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2013/11/15 | 投稿者: komori

喪に服すためにずっとヴェルヴェッツとルー・リードを聴き返している。

僕にとってはロックとは即ち、ヴェルヴェッツだった。ビートルズでもローリング・ストーンズでもなく、ヴェルヴェット・アンダーグランドこそが、ある種のロックと名付けられた音楽のアイコンのような存在であった。ヴェルヴェッツの、そしてルー・リードという男が描いた世界には、常に虚無と虚空があった。それは絶対的な孤独であるが故の孤高、そして音楽の極北であった。そこには世界のあらゆるモラルや慣習に冷ややかな笑みを浴びせる、冷めたアナーキズムがあった。パンクの熱情的なアティテュードともまた違う、もっと、青白い、凍結した炎。「サンデー・モーニング」の虚脱感こそが、10代の頃に感じていたリアルな朝というもののそのものの姿であったし。「シスター・レイ」の反復される狂騒は、あれこそが世界のあるがままの姿だと思っていた。今もそう思っている。ルーが描き続けた狂気とは、人間存在の誰しもが胸の内に秘めたリアルな感情だった。すべてを否定し、そして終局的にはすべてを肯定している。それは愛情や優しさではない。徹底したリアリズムだった。我々は誰しもが精神倒錯者であり、そして糞だ。それをどこもまでも歪んだ音で教えてくれたのは、ヴェルヴェッツであり、ルーだった。

ヴェルヴェッツの1stは、恐らく人生で最も回数を聴いたレコードの1枚だ。きっと、これからも、永遠に聴き続けるだろう。ルー・リード、僕はあなたのようでありたい、とずっと思っています。合掌。



ルーのソロでは「ベルリン」収録のこの曲が好きだな〜。この時点で65歳とか? Bメロに入る瞬間の声の尖りようよ。かっこ良すぎるぜ。

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2013/11/8 | 投稿者: komori

11/4の壊れかけのテープレコーダーズ×ひらくドア×ハグレヤギの3MAN「Ceremony vol.2」は転機となるイベントとなった。恐らく、各バンド共に僕と同じ心地を実感したのではないだろうか。

調度1年前に共に共鳴し合い、共同企画を開催した3バンド揃っての、1年越しでの共演。各々が無論、その歳月を無為に過ごしてきたわけではないから、状況は、変わった。どう変わった?良くなったのか、悪くなったのか。そもそも、良し悪しを分別する計りはなんだ?それは能力か、技量か?はたまた数値にて実証可能な事柄のみを指すのか?はたまた外因的に予期せぬ事態として到来する事柄なのか?

兎にも角にも、僕らは1年前とは、また違った状況、境遇、場所、にて、出会い、音が再び交わされ、鳴らされたのだった。各々共に昨年には存在しなかった、新たな曲も存分に用意されている。確かに、僕らはあの日よりも未来にいたはずだった。

だがしかし、ハグレヤギと、ひらくドアの演奏を観ていて思ったことは、今ここで僕らも含め3者で交わされている何かとは、変わら「ない」何か、であるような、そんな気がした。表層というものは、常に変化し、移ろいゆく。けれども、結局僕らの鳴らしている、ことの、音の、発端、根底というものは、それは経年によって変化するようなものではないのでは、と。要は、それをどれだけ信じ、守り通せるか、ということ、それだけをずっと続けている、続けなかればならない、それがロックミュージシャンの仕事なのではないか、と。

この日の3MANはそう強く感じた夜となった。

僕はタカユキカトー、山脇君の作る曲が、好きだ。彼等の楽曲の根底には、常に、疎外と、孤独と、それ故の世界と他者への欲求、リンクすることへの願いや憧れ、希望、が、ある。伝えよう、としている。だからポップと、きっと呼べし、その情熱の燃え滾る熱量は、どうしようもなくロックンロールしている。

そこが、もしかしたら自分と近い部分なのかもしれない。

ありがとう。


今、京都河原町三条のサウナにてこれを書いている。これから年内最後の壊れかけのテープレコーダーズの関西ツアー。
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