壊れかけのテープレコーダーズ Official Web Site
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小森清貴 solo Album『カトレア』発売中 詳細

小森清貴 Twitter @kiyotakakomori
連絡先 kiyotakakomoriofficial@gmail.com
2013/10/29 | 投稿者: komori

10月20日、壊れかけのテープレコーダーズ初の山口県でのライヴ、防府の印度洋というライヴバーに行って来た。山口と言えば今回の企画に呼んでくれたWhite Molesは無論、2月に壊れかけ企画で東京にお招きした佐々木匡士さんが住んでいたり、他にもドラびでお一楽さんや山本達久さんの出身地であったりと、不思議な、異彩を放つ音楽家たちを輩出している土地、という印象がかねてからあり、はて、実際はどんな場所なのだろうかしら、とわくわくしていた。

新幹線の着く新山口、そしてそこから電車で少し入った今回ライヴをやった防府という街、共に静かな街だった。印度洋は防府駅からほど離れていない大通りに面した一角の地下にあった。人通りや車の通りも少なく、周囲にはコンビニエンスストアも見あたらない。はて、この場所にどんな人達が今宵集まり催しが行われるのだろうか、と、見上げた雄大な空と遠くに見渡せる山々を見つめながら、少し不思議な気持ちになった。

実際のイベントはふたを開けてみればお客さんが沢山いて、大いに盛り上がった。主催のWhite Molesは沢山のお客さんを呼んでいた。(ありがたや…)なんとうか、彼等の元に音楽フリークが集結するような、そういう結束の土壌のようなものがしっかりと出来ているような実感があった。実際この日はWhite Moles以外はすべて県外からのツアーバンドだった。面白い音楽を山口に紹介したい、という趣向が根本にあり、それがしっかりと実践されていることにとても感動し、またそこに自分たちが選ばれ参加出来たことが嬉しかった。殆どのお客さんが、その日出ているバンドを、恐らく初めて生で観ているのだ。だが、会場は歓迎の温かさで包まれ、誰もが良きリスナーとなりその日奏でられた遠い地からの音の数々に真剣に耳を傾けていたのが印象的だった。お陰で僕らも良い演奏が出来た。

ふと、後半の「どこにいても」〜「天気の話」を演奏しながら、東京とはいったいなんなのだろうという想いが脳裏を過ぎった。僕らなんて誰一人そこを出自とせぬ者の集まりなのに、東京からやって来た、と言う。恐らく、この街全体がそうやって形成されているのだと思う。それが都市というものの姿なのかもしれない。ベースメントバーの副ちゃんが「東京のバンドはツアーバンドに冷たい」と言っていたことを思い出した。確かに、この日の山口のようなムードを思い出すのは、福岡でのイベントであったり、はじめての札幌でのライヴであったり、そんな夜の思い出だった。だがこうも言えるのではないのだろうか。東京のバンドの大半も同時にまた、ツアーの一環のようにたまたまそこにいついてしまったバンド達なのではないのだろうか、と。勿論はじめからそこに生まれ育ち、そこを故郷とする者たちも、当然のごとく、いる。だが、その数くらい、うーん、正式な統計は分からないけれど、きっと、たまたま流れ着きここにいついてしまった人間たちがいるに違いない。

そして彼等がそこに居残る理由というものは、土地への愛、以外の、何ものかに起因するような気がした。事実、これは僕にも現状では明確な答えが出せない。ただ、今回呼んでくれたWhite Molesのメンバーには、僕らには欠落してしまった土地への愛というものが発端になっているような、そんな気がしたのだ。もしかしたらおせっかいな勝手な印象なのかもしれないけれど。彼等があの場所で県外のバンドだけ、を集めイベントを開催した、という事実はとても意義のあることのように思えた。

山口の空は、東京よりも大分大きなものに感じられた。空にも大小があるなんておかしな話だが、恐らく建築物の高さや、取り巻く景観、立地、などによりそんなことがあってもおかしくもないんじゃないかな、とも思う。とにかくその空の大きさ、は印象的であり、この空のもとでだけ育まれる、特別な何か、というものも、きっとあっておかしくはないんだろうな、とふと思う。


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2013/10/16 | 投稿者: komori

今週は忙しく動いております。ライヴで忙しくなるのは嬉しい悲鳴であります。元来先に告知を兼ねここに記すべきだったのですが(さぼってすみません)既に14日昼ピンクトカレフ@青山月見ル→夜壊れかけ@U.F.O CLUBの弾丸ダブルヘッダーが終了。あと週末に立て続けに、学園祭、Motionでの小森solo、山口県、と各地を飛び回ります。よろしくお願い致します。

■10/18 fri
東京造形大学CS祭
17:00〜
入場無料
【出演】
壊れかけのテープレコーダーズ

詳細はこちら
https://www.facebook.com/CSF2013

■10/19 sat
新宿 Motion
遅咲きガール企画「はらいそvol.3」
OPEN/START 18:30/19:00
ADV/DOOR ¥2,000/¥2,500(+1D)
【出演】
東京真空地帯
小森清貴(壊れかけのテープレコーダーズ)
うるせぇよ。
ゲスバンド
HOMMヨ

■10/20 sun
山口 防府 印度洋
White Moles企画
『黒子の見たる幻想の世界Vol.6』
OPEN/START 18:00/18:30
CHARGE ¥1,800(*1D)
【出演】
壊れかけのテープレコーダーズ(東京)
White Moles
SHE TALKS SILENCE(東京)
jugz(岡山)
アルプス(京都)
ゆうさりゆうされば(大阪)


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ここ最近、何度目かの手塚治虫ブームが自分の中で再来し、今また『火の鳥』全巻読破に向け、読み進めている。はじめて読んだ『火の鳥』は<未来編>だった、確か小学6年の時分だったか、その出会いの衝撃というものは計り知れないものがあり、その後の人格形成に大きな影響を及ぼした気がする。

今また大人になり改めてこうやって『火の鳥』を読み進めていると、全巻を貫く大きなテーマというのが、宗教、そしてその根底にある信仰の問題なのだということに改めて気付く。そして信仰とは即ち、分別である。何かを正しいと見なした時、必ずそこに相反する何かを「そうではない」=悪と見なす見解が生まれる。二元論の発生である。このことが、人類のほぼ全ての争い事の発端になっているということを、僕たちの史実は物語っている。

だがしかし、本当の信仰をはこうやって物事を分別することとは別のものなのではないか、ということを『火の鳥』は提示する。明確な答えではなく、我々読者に課題のみを提示し、すべての巻の物語中の善悪は、最終的には無効化され、ただ問いだけが残され、幕を閉じる。

火の鳥の存在とは言わば、大きな一元論のようなものなのであろうか? 僕はすべての信仰は元来共通して一元論的な宇宙論を持っていると思っている。それを利便性の道具に用いようとした時、分別が生じるのだ。

果たして僕らは火の鳥の課す問いかけにいつか答えられる日が訪れるのだろうか。それは今の自分には分からないが、常に心に留めるよう務めようと思う。






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2013/10/8 | 投稿者: komori

10月6日、28歳を迎えた。なんてことなない、幼き日に憧れ畏敬を覚えた27歳という年は、ロックンロールに殉死するでもなく、ただ時の経過のままに過ぎた。取りあえずまたひとつ年をとった。だからといって何も変わることも、恐れることも、ない。また訪れし年月と共に、己の愛すべきものを愛し、信ずべきものを信じ、歩んでいくだけだ。産んでくれた両親と、先祖、そして出会った仲間たちに感謝を。どうもありがとう。これからもよろしく。

イングマール・ベルイマンの「野いちご」という、素晴らしい映画と出会った。この映画を感受した心境は、恐らくこれが10年前だったらまた違ったものになっていて、こんなにも感動を覚えなかったかもしれない。とにかく素敵な映画だった!この映画から学んだことは、人は老いやその果ての死を、否定的に捉える必要がないということ。そして、巡り合う全ての人、物事の中に、神は内在しているということ。本当の死とは、恐らく、孤独のことだ。ただ、辺りを見渡してみよう、僕らが自己を孤独と感じる必要が果たしてあるかどうか。小さな石ころや道端の草花の中にも、きっとどこかしらに、あなたとの関係性や繋がりがあるはずだ。その時あなたは世界に護衛されているのだ。友だちはそこにいる。僕らはひとりではない。

今日明日と、ピンクトカレフ、壊れかけ、と連続でMotionでライヴです。新たな1年を迎えた俺の演奏を観に来てくれ!

10/8 tue
新宿 Motion
ロア企画
「HELLJPN U」
OPEN/START 18:30/19:00
ADV/DOOR ¥2,000/¥2,300(+1D)
【出演】
ロア
ハリネコ
大森靖子&THEピンクトカレフ
ベルノバジャムズ

10/9 wed
新宿 Motion
サンダードラゴン企画
第二話「鳴り止まぬ雷鳴」
OPEN/START 18:00/18:30
ADV/DOOR ¥2,000/¥2,300(+1D)
【出演】
壊れかけのテープレコーダーズ
サンダードラゴン
はいからさん
はなし
bulbs of passion



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2013/10/4 | 投稿者: komori

たまには写真でも。

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2013.10.3 AM5:30 西荻窪駅にて
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2013/10/2 | 投稿者: komori

あっという間に9月も過ぎた。

ツイッターでも触れたが、先週は母方の祖父の葬儀で茨城に帰っていた。調度ズボンズのラストライヴのあった22日に息を引き取ったのだった。ずっと長い年月病床の状態が続いていて、このような日がやがて訪れることは誰しもが覚悟していたことだったが、それでもやはり、人の死は悲しい。ほぼ身動きの取れぬ祖父の面倒を見るため、両親は元ある家を売り払い(つまり僕の実家ということになる)、祖父の家に移り住み、特に母親は死のその瞬間まで献身的な介護を続けた。葬儀の席で、母は泣いた。その姿は僕の「母親」ではなく、死んだ祖父の1人の「娘」に戻ったかのようであった。

この祖父が自分が「おじいちゃん、おばあちゃん」と呼べる最後の人物だった。今はそのかつて「おじいちゃんおばあちゃん家」と呼ばれた家に、両親が2人で暮らしている。前述の通り、元居た、生まれ育った家はもう今ではない。だが、そうやって全ては移ろいゆくものなのであろう。その移ろいの只中では、死や別れという多くの悲しい出来事があることだろう。だが、それはきっと誰しもが逃れえぬことなのだ。親も、やがては死ぬ。ただ自分は少なくとも、彼等よりはまだ、若い。僕らはこの若さを全うし生きなければならない。亡き人の蒔きし種は、残された者、そしてこれから生まれゆく生に継承され、芽吹く。その流れを絶やさぬことが、生きるということなのかもしれない。

葬儀の直後のライヴ、京都nanoでの壊れかけのテープレコーダーズの演奏が、凄く良い出来だった。まだまだ若い自分の生は、生々しい程に脈を打ち、躍動している。それを眠らすわけにはいかないのだ。いつまでも落胆していてはいられない。僕は僕の生を全うする。そういう音楽を、ロックを、やる。

それはさておいて、葬儀の中で、ひとつ大きな発見があった。それは祖父の戒名の中に「諦」という字が用いられていて、なんで「諦める」なんて字を使うんだ、と不信に想い調べてみたところ、「諦」という字は「たい」と呼ぶとき仏教用語で「悟り」「真理」という意味合いがあるとのことで、そういえば昔インド哲学の勉強をしていた時に出てきた「四諦」というのはこの字だった、ということを思い出した。

それにしても「諦め」と「真理」が同じ字の中に込められているというのは面白い。でも確かに人間はある種の諦めの中にこそ、真実を見出すのではないかとも思えなくもない。現に自分の書く歌詞のテーマの殆どは、そういった「諦め」の中に希望を見出すようなことを題材としている。打ちひしがれた果てに見る光を、描きたいのだ。そう考えると「諦」という字の不思議も解けていく。

諦めや失意の果てにも、やがては訪れる朝がある。それは一筋の希望である。かつて自分がロックミュージックにそのような希望を見出したかのように、今度は自分で、そういう音楽を奏でられれば、と思う。

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