壊れかけのテープレコーダーズ Official Web Site
http://kowarekake.com/

小森清貴 solo Album『カトレア』発売中 詳細

小森清貴 Twitter @kiyotakakomori
連絡先 kiyotakakomoriofficial@gmail.com
2012/5/29 | 投稿者: komori

「最新情報」の記事と重複します。こっちの方がもしかしたら観覧されてるかもしれないのため、両方掲載しとこうかと。


最近のライヴから、動画が2本、YouTubeにアップされました。
「ハレルヤ」収録曲でもある、ライヴでは定番の2曲の現在形。
しかも、アルバムのCM入り仕様です。

撮影・編集はお馴染み二宮ユーキ氏によるもの。

是非ご覧になってみて下さい。



「迷路」(at 南池袋MUSIC ORG 2012.5.2)
※尚、この日のライヴを全編収録したものが、
disk unionのDVD-R特典となります。




「天気の話」(at 広島クアトロ 2012.5.12)

「天気の話」の終盤のギターソロ的な部分が、我ながら凄いです。エレクトリックギターという楽器を通してですが、やっていることは阿部薫に近いのではないかと思ったりします、たまに。
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2012/5/27 | 投稿者: komori

5/23は渋谷7th Floorで割礼との2マン。先に月初ヤーチャイカとの2マンもあったので、十分な告知が間に合ってなかったかなあという懸念もあったが、蓋を開けて見れば会場は満員で、壊れかけ単体でも相当数のお客さんが観に来てくれて嬉しかったです。壊れかけはこういう時、ちゃんと「音楽」のみを聴きに来てくれる、真摯なお客さんが多く、その眼差しは演者の僕等の背中を押してくれている気がします。お陰さまで良い演奏が出来たし、座りの会場にも関わらず、ちゃんとロックのダイナミズムを伝えられたんじゃないかな。

5/23 set list

1、ニセモノの銀河
2、エレベーター、ひらかない
3、街の灯
4、迷路
5、次の夢へ
6、曇りの裂け目
7、記念日
8、踊り場から、ずっと(新曲)

この日やった「記念日」が、「さいだなTV」という動画サイトにアップされてるんでよかったら観てみて下さいだな(←うまく絡めたつもり)

コチラからどうぞ。

なぜか直接動画が貼れんくて、リンクですみません。撮影してくれたさいだなTVの小山様、ありがとうございました!

割礼はもうことばになりませぬ。あんな演奏絶対誰もまね出来ないし、先駆者も追従者もいない、時代にすら左右されない、寧ろ時間の流れを歪ませる、完全独自、唯一無二のバンド。おそらく、20年くらい前からあるだろう曲を今尚やっても全く色褪せてないのが凄い。新しいって何?古さって?僕等の心身を疲弊させる時間という観念は、案外受け売りの、なんてことはない、CDショップの棚割り仕切りみたいな、そのくらいのものなのかもしれない。

ふと、自分達の「記念日」のことを思い出して、この日も久々だったにも関わらずとてもよく出来て、ああ、この曲を、2007年の5月に、僕がバンドに持って来て、そっから、壊れかけのテープレコーダーズってバンドは始まったんだよなあ、と思い出す。

一番最初に作った曲を、今でもちゃんと歌える、演奏出来るってのは、案外、凄いことなのかもしれない、と、ふと思いました。

だから、やっぱり、古い/新しい、では図り得ぬ時間があって、今は2012年5月だけど、それはもう既に2007年の5月の中にさえ、内包されていた、ということには、ならないだろうかな。

だって、歌はたしかに今こうやって現在の僕等をも含みこんでいたのだから。

音楽を作ることは、今が過去になる日という未来まで、今の強度を過去として葬りさらず、かつ手繰り寄せた未来を確かな今として生き抜くための、そういう瞬間との、孤独な戦いであると思う。

だけど、僕はそういうことを続けていきたいのです。


2007年 21歳の時に書いた歌詞を、改めて、打って、みよう。



「記念日」 作詞作曲 komori

忘れてみて 新緑揺らす五月の風の中で 僕の歌なんて

だけど、
思い出して 蔑む都市の音が君を壊すとき こんな日のことを

君が忘れてしまった記念日に、僕は一本の記念樹を植えよう
君が忘れてしまった記念日に、僕は一本の記念樹を植えよう

それはやがて大樹となり種を散らせ 
森が出来、獣達が行き交う
そこへやって来た新しい一族は木を切り家を建て、
門出の晩餐に その獣を殺し 焼いて 食べる

今宵、もし僕が死んでも明日また君が生まれるように
今宵、もし僕が死んでも明日また君が生まれるように

泣いたり、笑ったり、泣いたり、笑ったり
そんな毎日を祝福する為にうたうんだ
そんな毎日を祝福する為にうたうんだ

君が忘れてしまった記念日に、僕は一本の記念樹を植えよう


まあ、なんというか…

暗示だと思う、残る音楽というのは、それは他者の中にでも、己の中にでも、問わず。はじまりははじまりの先のことを知っているし、でもそれが終わりすらも知っていたら、という、意識の範疇を超え出てしまう、そういう恐ろしい、おぞましいものに、僕等は人生を捧げている、ということを忘れてはいけない。

詩や音楽以上に、人間とは、崇高じゃないと思う。
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2012/5/23 | 投稿者: komori

いよいよ明日、今月2度目の宿命の2マンギグが。

■5/23(wed) 渋谷 7th Floor
M☆N☆T 2nd Anniversary #2
“割礼×壊れかけのテープレコーダーズ”
OPEN/START 18:30/19:00
ADV/DOOR ¥2,300/¥2,600(+1D)
<act>
・割礼
・壊れかけのテープレコーダーズ
<opening act>
・わかってほしい


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ずっと、その背中を追って来た、憧れのバンド「割礼」との、真っ向からの2マンです。対決なんて申し出るのも恐縮な程ですが、明日は、僕は対決なんだと、思っています。

それは何かというと己の過去に対する対決であって、

僕等はこれまで2度、割礼を自主企画にゲストバンドとしてお呼びしたことがあるけれど、3度目の共演となる今日、僕等はあの時の僕等を越え、ステージに上がらなければならないということと、

あと、もうひとつ、この2マンを企画してくれたイベント屋のミナトさんは、かつては三軒茶屋ヘヴンズドアのブッキングだった方であり、壊れかけのテープレコーダーズを、それこそ初ライヴから知っている、そういう人物なのです。

いくつかの、過去の因果が交差する、そんな日なのです、今日は。

だけど、その何れをも、越えていかなければいけない。


ヤーチャイカとの2マンとは、またセットリストをガラッと変えて、挑みます。50分間のロングセットです。ご来場お待ちしてます。


追記

ブログのアーカイヴで、2008年11月と2010年10月の記事を、もしよかったら遡って観覧してみて下さい。2度、割礼を自主企画に招いた時のことが、書いてあります。

割礼を観て、僕は確かに震え戦いた。これが感動ってやつだよ。感動って、したこと、あなたはありますか。僕はあるよ。その震えに突き動かされて、今もまだこうして音楽をつづけていて、その震えの起爆剤になったようなバンドと、2マンで向き合えるなんて、

この奇跡をさ、もっと、もっと、もっと!!!

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2012/5/19 | 投稿者: komori

今週は、広島で負傷した右足を引き摺りながらピンクトカレフのライヴを2本決行し、それ以外の時間は主に「ハレルヤ」のフライヤーとポスターを東京中のライヴハウスに配布する営業活動に精を出し、過ぎて行った。

5年続けて、少しは名は知れたのかな、馴染みでないライヴハウスやリハーサルスタジオを回っても、僕等のことを知っていてくれたり、温かく迎え入れてくれる場所が沢山あって、バンドマン冥利に尽きます。ポスターでかし横長で幅取るんだけど、沢山のお店で貼ってくれそうで、嬉しいなあ。本当にご協力頂きありがとうございます。

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これがフライヤー兼ポスターの表面です。フライヤーでも十分格好良いんだけど、これがまたでかいと格好良いんだよな。ちなみにポスターは、初回数量限定で、ライヴ会場で「ハレルヤ」お買い上げの方に特典として付きます。

その他にも、ツイッターでは再三告知しておりますが、購入者特典が色んな店舗で続々と決定してるんで、詳しくはコチラを。

自分で出来る範囲のことは、出来る範囲以上は結局出来ないんだけど、やれるだけの最善は尽くしますよ。結局自分の足で歩いて自分の目で見た景色しか、経験とは呼べないからね。何より一人でも多くの人にちゃんと作品を届けたいから。

マネージメントなんていないから、不器用ながら、齷齪手探りでやっている、未だどうにもこうにも折り合いのつかないような活動をしてるけど、それでもやっぱり続けたならその歳月に比例するネットワークってものは確実に生まれてくるもので(ただ、これは常に自らを外へ向けて繋がりを探し、発し続けていたら、の話だ)、そういった、どんな些細な繋がりでもいいんです、あなたの一度切のRTでもいい、それを含めた一連のプロセスが、「ハレルヤ」という作品に収束される、2012年の、ひとつの物語を織り成している、今、まさに、そのことを僕は誇りに、励みに、思っています。だから、ありがとう。

営業というとどうも手垢に塗れた言葉に聞こえるけど、それもまた愛情表現の一環であり、たいよね、誰しも、だって遊ぶことも働くこともそんなに大差ないだろう、世界や社会に疲弊なんてしたくないだろう、だって歴史、営み、すべて、在るべくして生まれてきたんだから。損得勘定、自己防衛、ステータス、本当はその先にあるものこそが人間の利益だ、豊かさだ。

と、毎日こんな風に楽天的に思っている分けでは決してなく、日々嫉妬心や焦燥に苛まれる縛られるからこんなに愛おしい音楽ですらクソ面白くも何ともなくなるのを救うのもまた音楽だからね、きっと。


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2012/5/16 | 投稿者: komori

5/12〜13と広島に行ってきた。

出発の日の前の晩、下段ブログの投稿を書きかけのまま寝てしまい、翌朝、ギリギリに起きてしたことが、そのブログを投稿するという行為だった。そのせいで、というわけでは決してないのだが、様々な経緯、誤算があり、僕とゆさは行きの新幹線に乗り遅れた。乗り遅れたこと自体は、時間に余裕があったため問題なかったのだが、安い宿泊パックのツアーチケットを取っていたため、振り替えが出来ず、行きの券を買い直すという結果に至った。その事実を知った瞬間、体中の力が抜け、倒れた。

まあ、それは今では過去の笑い話としてさて置き、初の広島ツアーは非常に充実したもので、東京から一緒に行った皆の1.5倍くらい交通費がかかってしまった事実も忘れる程であった。

それもこれもクアトロなんぞというまさかの大舞台に呼んでくれたガール椿大先輩のお陰であります。本当にありがとうございました。ライヴ以外でも、矢野さんとオチさんには、2日目は観光ガイドや、広島営業巡礼まで案内して頂いた。仏のような人達だった。

ガール椿は観れば観る程好きになっていくバンドで、この日クアトロでのガール椿を観て、僕が日本で最も尊敬するバンドに君臨すべきバンドだ、と認識した。

ネオアコを中心に、様々な良質なポップミュージックのエッセンスを折衷的にまぶした音楽性も勿論なのだが、その活動のスタンスというか、生き様には心を打たれた。

ガール椿のメンバー多分今34〜5歳くらいなのだが、結成は27歳の時で、なんとその年になるまで誰もバンドをやったことがなく、更になんとVoのタチキさんに至ってはライヴハウスに初めて行ったのがガール椿のライヴでだったとのこと。

それまでの期間何をしていたんですか、と問うと、「CDをひたすら買って、ウォークマンで聴き、歩く、という行為をしたてた、27まで」との返答。

そして、逆にこう聞き返された。「全うな社会人をやっていて、27歳になって、よし、今からバンドをやってみよう、と君は思いますか?」と。

僕は今年27歳で、かつ全うな社会人の経験もないし、中学生の頃からバンド一筋で生きてきてしまった人間なので、なんとも返答が難しかったが、おそらく、こんな風にして結成されたバンドって、殆どいないだろう。しかも広島で。

更に、何がガール椿を結成するに至らしめたのですか、起爆剤は何だったのですか、と問うと、「ずっとバンドをやりたかった、やろうやろうと思っていたら、27になっていた」という。

27という年齢は、ゴシップではあるが、ロックの世界ではある種のリミッターの様な数字ではないかと思っている。僕も今年で27になる。遠い昔、ニルヴァーナをはじめて聴いた中学生の頃、まさか自分が27歳になる日がくるなんて、想像出来なかった。だが、確実に時間は刻一刻と経過し、27歳になるのだ、自分もまた。

誰しもが意識せずには入られぬ、そして免れえぬ、身体の老いや感性の老い、古今東西ロックミュージックはその歴史の浅さ故か、生まれた時代背景がそれを助長させたのか、
若き、蒼き炎の、一瞬の燃焼に焦がれ、神格化し続けてきた。「Don't trust over thirty」。

だけど、ロックスター達の終焉の年になり始められたこの広島の奇跡のバンドは、終わりから始まったことを認識した自嘲と悪戯なシニカルさと、(Voタチキさんの「僕達はクソですが、あなた達は最高です。」という自虐MCが最高!)そして何より遅れてやって来たロックバンドという青春を謳歌し、音楽に恋をし続けるような、世界に対する開かれた佇まいが、僕に、はじまりさえ未だはじまっていない未来のことなんだという、可能性を、教えてくれた。

ガール椿、ありがとう。
また18日、今度は新宿Motion、ピンクトカレフで。




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