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小森清貴 solo Album『カトレア』発売中 詳細

小森清貴 Twitter @kiyotakakomori
連絡先 kiyotakakomoriofficial@gmail.com
2009/3/31 | 投稿者: komori


音楽サイト「OOPS」のコラムコーナー「井口啓子の西日本ロック紀行」にて、壊れかけ特集されてます!ありがとうございます。是非ご覧になってみて下さい。

こちら→http://a.oops-music.com/iguchicolumn/no228.php


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2009/3/31 | 投稿者: komori

壊れた 自分の。
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2009/3/26 | 投稿者: komori

好評発売中の『聴こえる』より、更なる販売促進のため、My Spaceにもう1曲新たにアップしました。アルバムのラストを飾る「遊びは終わらない」という曲です。

リズム&ブルーズと童謡が奇跡的な調和を果たしたかのような、まさに我々のキャッチコピー通り、時代を夕暮れ色に染める1曲です。ノスタルジックなオルガンの音色と、麻薬的なグルーヴ、また突発的に痙攣するギター、そして男女の掛け合いのツイン・ボーカルが、あなたをくすんだ橙の渦へと誘います。

これは決して、終わりではなく、世界から置き去りになれながらも、その身が灰になりながらも踊り続ける子供達のためへの、まさに終わりの始まりのための序曲なのです。

是非聴いてみてください。
そしてMP3なんて聴かないで、CD買って!ください。

「遊びは終わらない」→視聴♪

男の子たちの遊びは終わらない 女の子たちの遊びは終わらない
缶蹴り 鉄砲 チャンバラ 終わらない お人形 ままごと 花摘み 終わらない
終わらない 止まらない 終わらない
あの階段をどこまでも登ってゆく 「チヨコレイト」で勝ったよ
悪いけどちょっと先に行くよ
遊びは(終わらない 止まらない)そうさ(終わらない 止まらない)
まだまだ(終わらない 止まらない)積んだ積み木、また崩して
男の子たちの遊びは終わらない 女の子たちの遊びは終わらない
缶蹴り 鉄砲 チャンバラ 終わらない お人形 ままごと 花摘み 終わらない
「もういいかい」 言い続けていくつ時が過ぎた
みんなまだ隠れてるのかい? それとも?
ねえ、遊ぼうよ
遊びは(終わらない 止まらない)そうさ(終わらない 止まらない)
まだまだ(終わらない 止まらない)音楽に、そう 合わせて
初めて握ったその手は離さない そのまま2人の踊りは終わらない
そんな彼等を月夜は照らさない だけども2人の遊びは終わらない
世界に見放されても
遊びは終わらない



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2009/3/26 | 投稿者: komori


4/17に東高円寺U.F.O CLUBにて行われる『聴こえる』レコ発イベントの出演者を紹介するこのコーナー、第3夜は「CAUCUS」です!昨日、高円寺HIGHで彼等のライブ観てきて、興奮冷めやらぬままのレポートです。

今年2月に初のフルアルバム『in vain you are』を、Luminous Orangeをリリースするレーベル「Navigation」から発表。前作のEPに引き続き、GALAXIE500、LOW、ダニエル・ジョンストンのプロデューサーとして有名な、USインディー界の重鎮KRAMERを起用。USインディー譲りの乾いた音の感触と、マイブラやジザメリ等から受け継いだ非情でありながらも耽美なフィードバックとホワイトノイズ、またネオアコ譲りの抜群のソングライティング・センスとメロディーラインを、まさに、今、この時代の感覚で高らかに鳴らした、まぎれもなく彼等を代表する最高傑作です。特にラストを飾る長尺の名曲「duster」の、絶望の淵から託した最後の祈りのような演奏を、またVo柳川勝哉の血みどろのもだえを、是非聴いていただきたい。

シューゲイザーなんて呼ぶには余りにも不釣合いなほど、彼等の音は空を目指す。それは決して自由への飛躍なんかじゃない。自由をあたかも何かの到達点としてしか捉えられない圧倒的な不自由さから訪れる、無力さ。だけど、脱力し、壁にもたれかかって眺めた空は、あたかも全てを許しているかのようだった。不気味な程に、無意味で、空っぽで。その時だ。僕はあまりの可笑しさに、ただただ肯定的な笑みを浮かべてしまうのです。そう、今や、あなたは無力なのだ。

昨日ライブ観てそんなふうに思ったのです。4月17日のUFOでは、どんな空を見せてくれるだろうね?
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2009/3/18 | 投稿者: komori

来る4/17に行われる『聴こえる』レコ発の豪華出演者を勝手に紹介するこのコーナー、第2夜は「豊田道倫」です!

言わずもがな、90年代初頭から「パラダイス・ガラージ」の名義で活動。ノイズとサンプリングと叙情的なフォークソングの奇跡的な融合は、ベックやジョンスペをも虜にした。昨今パラダイス・ガラージ名義時代の作品の再発も相次ぐなど再評価著しく、その鬱積したアパートの部屋の一角をそのまま具現化したかのような狂気の宅録サウンドは、今なお鮮烈。

また、2000年代からは「豊田道倫」名義でより「歌」に重きをおいた活動を展開。ハイペースで名作・名曲を量産し続け、今年1月には最新作『POP LIFE』(画像)を発表。

この作品には私達が蓋をして塞ごうとしてる「生活」そのものが、今までの豊田氏のどんな作品よりも充満している。それは何気ない平穏に対する喜びであったり、また時には鼻を刺すような人間の生々しい臭気だったりする。その何れをにも私達はどいういうわけか気付かぬふりをする。些細な平穏への愛を忘れ、誇大した妄想をばかりを追従し、あらかじめ用意されていた夢を己の夢と定め違え、多くは達せられぬように作り上げられたそのシステムからの脱落を、またも己の失態と定め違え、失望。失望。失望。最後に残された獣の嗅覚で己の住処を嗅ぎ出そうと町に出れば、そこから流れてくるのは、そんな瀬戸際の感情とは真逆の、無菌化された歌ばかり。多くの歌が、あたかも人間の生身の臭気に対する忘却装置として機能する。果たしてそれが「POP」の姿なのだろうか?どこに生きる「大衆」の姿が浮かび上がる?

昨日無善寺で豊田さんのライヴ観たけれど、改めて僕はこれこそが「POP」のあるべき姿だと思った。決してこの生活から逃げはしない歌。逃れられぬこの生活そのものとしての歌。時にはその重みに耐えかねる嫌な吐き気をもすら思い出させる。いや、寧ろその吐き気をこそ必要なのではないだろうか?仮にあなたが音楽に対し、紛い物ではないリアルを求めているのなら。

最後に、なななんと!当日4/17は豊田氏のニューアルバム(ペース、早!)『ギター』の発売日でもあります!是非この日ライブ会場でいち早くお買い上げ下さい!

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