何を思ったのか、エンヤ師匠と2人で姫路に逝ってきました。
実はσ(>_<)は姫路のJ学院の卒業生、師匠は姫路少年刑務所の職員だったこともあり、2人とも姫路には非常に縁が深い。
阪急と山陽を乗り継いで、姫路に到着。
到着が昼前だったので、まずはJR姫路駅に
駅構内にはその筋の者にはかなり有名な「まねきの駅そば」が。

単なる駅そばではなく、ラーメンの麺に普通の蕎麦のダシ。

かなりはやってます。
なんと20代の女性も食べてました。
その昔、某私立中学の学生がクラブ活動帰りに腹が減って、この駅そばを食ってたらしい。
そしたら、ここの生活指導の先生に見つかってしまったそうな。
実はこの私立中学、ウチの学校と違って生活指導が非常に厳しく、休日でも外出の際は制服着用、通学の際には最寄駅から学校までは決められた経路を通らなくてはならない、登下校の際に買い食いなど言語道断!というとこである。
というわけで、駅そば食ってた生徒は停学食らってしまい、当時の新聞では「そば一杯で停学」とデカデカと報じられてしまったことがある。
ちなみに我が母校は、「制服着用」と「朝礼」以外には校則なし。
さて、この場所をご覧頂きたい。

JR姫路駅の山陽本線上りホームの1画なんだが、ここはσ(゚◇゚)の人生にとって忘れられない場所である。
実は、私が人生で初めてラブレターなるものをもらった場所がここ。
忘れもしない1978年1月20日の学校帰りに、ウチの中学の隣にあるK女子学院の同じ学年の恵美子ちゃんからもらいました。
文面には
「あなたには、突っ張ったところとかカッコツケなところがまったくありませんね」
とか
「笑顔がとっても素敵です」
とか書いてあった。
(こら!笑うな!)
そんな彼女も、今はどこでどうしているのやら。
もう、傷みも激しく老朽化してるんだろうなあ。
d(-_-)
さて、駅そばを2杯食って満腹になったし、これからかつての通学路を通って母校に行ってみませう。
あらら、大粒の雨が降ってきたよ…(>_<)

かつての通学路・みゆき通り
数軒あった大きな本屋は全て消滅してた(>_<)
あちこち寄り道しながら、母校にたどり着きました。
しかし今は校舎新築中で、σ(>_<)が通ってた頃の面影は

この体育館しかない。
それよりも、実はσ(>_<)は母校が嫌いである。
まあ、理由はいくつもあるけど、とにかく医師や会社社長などのお坊ちゃまみたいな世間と礼儀を知らんDQNが多くて、σ(~~;)のような安サラリーマンの小セガレが来る所ではないことを、在学中の6年間にイヤというほど思い知らされた。
そのせいか、同期の連中とはごくごく一部を除いてほとんど付き合いがない。
あー、残存の学校建物を見てたら当時のいやなことをいろいろ思い出して、ブルーになってきたよ…。
こんなところに長居は無用。雨もひどくなって来ましたし、これから姫路城に向かいませう。
そんな土砂降りの中で信号を待ってたら、どこぞのオバハンに声をかけられた。
道を聞かれるのかと思ったら、某政党の名前を出して、選挙には是非我が党に投票を、などと抜かして来やがった。
σ(・o・)、すかさずその政党と長年敵対する某政党の党員だ、などという大嘘をついてこれを撃退。
ううう、この大雨といい、この勧誘のオバハンといい、どれもこれもσ(>_<)が母校に来たための災いかなあ?
あー、どうりて中学高校の6年間は不幸の連続だったはずだ…。
(o_ _)o.。oOぶくぶくぶく
というわけで急な階段をいくつも登って、ようやく天守閣へ。

ここまでの道程は相当にハードでした。
今日はなんかもう、身も心もズタボロです。
(o_ _)o~†パタッ