私も歳をとるにつれて、周りの友人達が徐々に中間管理職になっているなと実感する。
仕事の話をすると、最近の新人は、上はアホばっかりや、内の社長は馬鹿だてコメントばかりである。これぞまさしく中間管理職の証しではないだろうか?
上からは言われ、下は思うように動いてくれない。板ばさみ現象。
下の頃は、仕事ができない事には仕方が無いと思うし、上から怒られても少しムカついて終り。でも中間は、それを改善しなければならない、仕方が無いは通用しないのだ、一番大変な時期だと思います。
そして、今の社会は経営が厳しい時期に入っていると思う。小さな店はドンドン潰れていく、大手だって店舗をドンドン少なくしていっている。
ご飯を食べに行ったり、物を買いに行ったりしたときに、最近常に感じる事がある。それは客が少ない。どこへ行っても、土日こそ多いものの、平日の空き具合は経営者でなくても、やばさを感じる。
なぜこのような事が起こるのか?それはお金の使い道が決められ、一部にしか流れないからである。そして仕事をしない者が増え、やっても登録制のバイトや親から貰う程度でそのお金は決められたところに収まり終わり。
経営を上げるためには、まずは働き手を増やす必要がある。国家は正社員を増やす事を考えている、しかしこれは、ただ税金を回収したいだけであり、国民のためとは言えない。働く意味を作らなければ意味が無い。教育その物の形を変える必要がある。
なぜ人がダメになっていくのか・・・私は「助ける、守る」環境があるからだと思う。誰かが何とかしてくれるこれが一番の問題なのだと思う。
一人の知り合いに、居るこのパターンに落ちた者が、子供の頃から親が助けていたようだ、車も親が用意して、勿論免許も、欲しい物は全て親が用意して、学校に行き、就職も学校の推薦で決まる。コレまで仕事という仕事をしたことのない人間である。
そして就職、入ってすぐにパニック障害になり、家に帰る。しかしココで手当てが出る数年間のあいだ、そしてもう社会復帰がかなり困難な状態におちいっている。
つまり、誰かが何とかしてくれなくなった、その人は終わってしまう。私は昔から親は何も買い与えてくれなかった。貧乏だったわけではないのだが、親父は欲しい物は自分の力で手に入れろ。失敗した時、まず自分でどうすべきか考えろて教育で今まで生きてきた。周りの親戚は冷たい親父と呼び、私に同情していてくれていたが、歳をとるにつれ、親父の言っていた意味が理解でき始めた。いつしか人は一人になるかも知れない、競争社会では仲間はわずかで、同じ環境に居るわけではなく、その戦場では一人になる可能性もある。そこで生き残るには、最低限自分の事は自分でやる必要があるって事だと思った。

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