某絵のスクールから,課題の添削が返ってきました。
毎回丁寧な書(描)き込みに感謝しているのですが,今回は数秒口があんぐり開いてしまいました。
何故ってその理由は・・・私の描いた人物に,
オッパイが描き足されていたから!
髪が長けりゃ「女性」ですか?
肌がつるんとしていれば「女性」なんですか?
唇が桃色だったら「女性」なんですか・・・?
世間って他者が絵に描いた人物に無断で性別を加える程,「性別二元論」に囚われているのだな,と改めて感じざるをえません。(序でに言わせていただくと,私は「女性」が特別に美しいだなんて思いません。女性以外の性別の方を「美しい」とは思っても「女性の様に美しい」「女性的」だなんて思いません。・・・なんていうか,世界では「美」に関して言うと『女尊他卑』が根付いている様な気がします)
しかしながら正直な話,絵に携わっている人って,もっと自由な考えを持っているものだと私は思っていました。
ですが今回の件だけでなく,私が課題を提出する度「もっと女性らしく」「もっと男性らしく」と,『らしさ』の強制をしてくる上,とあるコンテストでは描いた人物に対し審査員から『観る人が困惑しない様に性別を明確に』とか,やっぱり『女性らしく』とか私以外でも言われる人間って多いのですから,「自由な性別」に偏見があり受け入れられない人間が多いのは,どの職業も共通,と云う事でしょうか。
当たり前の様に状態が続いている, スポーツにしてもそうですね。
「男子」「女子」と別けられているけど,結局それも,世界は「男子・女子」以外の性別の存在を無視しているのだと解釈せざるをえません。(それだけでなくトイレにしても何にしても男子女子以外の性別の人間は権利すら与えてもらっていない状態です)
そもそも,『女のくせに』『男のくせに』と言われるのが不快に思う人自体は「少数派」ではないでしょうに,どうして「男子」「女子」別けられて競技する事は受け入れられる人が多くいらっしゃるんだろう。(性別関係なく競技が行われるようになれば「無性の人間」も権利がもらえ,その中でスポーツでプロを目指している人達にも少しは望みが出てくると思うのですが)
そして,「男のくせに」「女のくせに」と言われるのは不快なのに,「女らしさ」「男らしさ」と云う言葉は機嫌よく受け入れられる人が多くいらっしゃるのは何故だろう。(私は「無性」の人間ですが,正直≪無性らしさ≫とか言われたら変な感じです。同じ人間などいないのだから,「自分らしさ」以外の「らしさ」の意味がわからないです)
人間の自由が認められるのは,あと何十年先なんだろう。「何百年先」と言うべき・・・?
個人的に,世界が今のまま,このまま変わってゆかないのであれば,私自身,例えば絶対にラジオやテレビのニュースで報道される様な事に巻き込まれたくありません。
何故なら,私が犯罪の被害者になったとして,もしも殺されたとして,そうしてラジオやテレビで報道されたとして,殺され死した事よりも,偽りの性別で誤った報道をされる事の方が途轍もなく嫌だからです。「性別二元論」にすっぽり納まっている人達には解らない事かもしれませんが,死んでも死にきれません。
過去も,そして今も,誤った性別で報道されている人間が大勢いるのだろう,いたのだろうと思うと,私自身も悲しくてたまりません。
どうして,犯罪の被害に遭った人間が,さらなる被害に遭わなければならないのだろう。理不尽としか,言いようがありません。
そもそも,ニュースで個人の性別を報道する必要はあるのだろうか。