この単元の目標として以下のような文章を作った。目標は憲法で保障されるべき自由を理解させること、だ。A−ペコさんの授業案が楽しみだ。
『学習指導要領』では第5学年及び第6学年で身につけるべき内容の「1 主として自分自身に関すること。」の中に以下の6点を挙げ、本単元は(3)に相当する。
(1) 生活を振り返り,節度を守り節制に心掛ける。
(2) より高い目標を立て,希望と勇気をもってくじけないで努力する。
(3) 自由を大切にし,規律ある行動をする。
(4) 誠実に,明るい心で楽しく生活をする。
(5) 真理を大切にし,進んで新しいものを求め,工夫して生活をよりよくする。
(6) 自分の特徴を知って,悪い所を改めよい所を積極的に伸ばす。
どの点についても言えることだが、道徳には個人の内面にのみ限定される徳目は存在しないと考えていい。なぜなら道徳は常に人間相互の関係によって成り立っているものだからである*1。自由について言うならば、自由は常に社会的な意味での自由と考えるべきであり、「規律ある行動」も社会的であるがゆえに意味を持つものなのである。だからここで学ぶべき目標は社会的な自由の大切さを理解することである。
私たちがなぜ自由について学ばねばならないかというと、私たちの住むこの国家のめざしているものが自由だからである。日本国憲法においては「自由」という文言は11カ所登場する。まず冒頭から「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する」(前文)と「自由のもたらす恵沢」の上に国家が存立していることを指し示している。日本国憲法においてはいくつかの自由が列挙されているので(第19条から23条)、これらをよく学ぶことが大切である。
また、第13条で「公共の福祉に反しない限り」自由への権利は国家によって保障されるものとしている。
よく自由と規律、権利と義務などと二項対立的に語られ、この単元でも自由に対する自己規制としての規律に矮小化されがちであるが、それは第12条の誤読ないしは意図的曲解による。第12条では自由と権利は、「国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない」と言っているのであって、ややもすれば権力によって侵されかねないものであるから努力によってかちとっていなければならないと述べているのである。また、「濫用」の語があるけれど、それは他人の自由の侵害を言うのであって、国家に対して自己規制するものではないことをきちんと学ぶべきである。
*1藤田雄飛「〈道徳〉はどう認識されているのか」(土戸敏彦編『〈道徳〉は教えられるのか?』教育開発研究所2003

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