はじめに
今年度の「人間環境学」は「21世紀の学校蘇生」というテーマである。このテーマは2002年度の21世紀COEプログラムに応募し、残念ながら採用はされなかったものの、人間環境学府という学際大学院の可能性を示した企画であった。
まず、学校蘇生ということについて考えてみよう。21世紀COEプログラムを計画していた頃、この話をある学校の教員にしたことがある。そうしたら「蘇生という限りにおいて学校はすでに死んでいると見ているのか」と突っ込まれてしまった。言い訳として学校はすでに死んでいるのではなくて、死にかけているという危機感が「蘇生」という言葉に表れているのだ、と答えておいた。
「死にかけている」のだから学校は何らかの病理状態にあるのだという判断をしていると考えてほしい。学校病理という言葉は1960年代半ばくらいから教育学、殊に教育社会学で言われるようになった。当時は高度経済成長のピークであり、今でいう不登校(長期欠席児童、生徒)も最も少なくなった時期である。にもかかわらず学校病理ないしは教育病理という言葉が登場したのは教育の成長の指標でもあった進学率の上昇に伴う受験競争の激化が象徴的だった。1969年に僕は高校生だったが、その時の高校闘争のスローガンの一つに「受験体制粉砕!」というのがあったと記憶している。
そう言えば1960年代後半は全国の大学にいわゆる「学園紛争」が発生し、大学の旧体制が学生の側から告発されるという事態となっていた。いま、このように一行で書いてしまうことだけれど、東京大学、東京教育大学(現筑波大学)が入試を中止し、最低1〜2年は全国の大学で授業そのものが行われていなかった、ということは今の学生諸君にはおそらく信じがたいことであろう。「紛争」の恩恵といえば大学生は私服で通学するのがあたりまえだと思っているかもしれないが、「紛争」以前は学生服が通学服の主流であった(これは余談である)。
それからほぼ40年弱の歳月が過ぎている。病理であったものが快方に向かったという話は聞いていない。70年代には無気力無関心無感動といった三無主義、はたまた六無主義というのが流布し、若者は「しらけ世代」と呼ばれた。それは政治の季節が終わったあとの脱力感であったのかもしれない。
また、80年代には「子どもがおかしい」という言説が囁かれるようになっていた。その子どもたちが現在では親の世代となっているのである。いずれにせよ、学校が病んでいるだろうことは想像がつく。学校の病理現象についても常にマスコミなどで騒がれているので、何となくそうかもしれないと思っている人もいるだろう。しかし、問題はそうした教育病理現象は他人事として私たちの外にあるのではなく、私たち自身がその病理社会の構成者であり、形成者であるのだし、そのことを忘れてはいけない。最近(講義以後のことではあるが)ライブドアの堀江社長について森前首相が「戦後教育がああいう人間を作ったのか」などと言ってたが、戦後教育の中で文部大臣を務めていたのが森氏自身だということを彼は忘れている。私たちも同じ轍だけは踏んではいけない。
ところで病気というと風邪をひいたり、おなかをこわしたり、ということを言う。風邪をひいたら風邪薬を飲んで休養をとることだし、食べ過ぎでおなかをこわしたら、自重して胃腸薬を飲むのがいいだろう。このように病因が明確な場合には薬物で治療することはわかりやすい。しかし、中高年の方々が食事時に薬を並べているのを見かけることがあるだろう。血圧が高いとか、血糖値や尿酸値に問題があるというのだが、日常的には仕事に差し支えなく動き回っている。しかし、いつ致命傷になるともしれないものでもある。これを生活習慣病という。
生活習慣病には若いときからの食生活や不摂生が原因となっているものが多く、禁煙を強いられたりダイエットを指示されたりすることが多い。そうした体質改善をすることが薬物だけでは解決しない生活習慣病の特徴である。生活習慣病にはさらに構造的なものがある。例えば痔である。痔は人類にしか生じない病気らしく、他の動物には見られない。というのも人類が二足歩行を始めた段階で局部的に血流が悪くなるという構造的欠陥を人類は抱え込むことになり、それに文化的生活習慣が重なることによって発生する病のようだ。つまり人間である限り構造的な問題を抱えている病理現象だと言ってよい。
その第1回目として「学校の文化史―生活習慣病としての学校病理―」と題して講ずることとする。

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