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平成19年7月16日 第326話 【 今生こんじょうの修しゅう福ふくを第一に 】
ありがとうございます。
友人のAさんは、私に出会うと必ず「あんたは、いつも幸せそうでエエナァ。それに比べて私はあかんわ。世の中なんでこんなに不公平なんや」と冗談めかしでうらやましがられるものですから、そこで私は「それは信仰のおかげや、あんたも信心して功徳くどく(信心修行によって得られるもの)を積んでみい、良ようなるで」といつも勧すすめているのですが…やっと最近その気になってくれたようです。
ところで、世の中を見ますと、要領の良い人、世渡り上手な人がうまくいっているようにみえますが、「因果の報い(道理)として良い悪いは必ず現れてくるもので、一分の狂いもない」と仏さまは仰せです。
確かに、私達の日常の生活態度や身のまわりの人達をよく観察しますと、まじめに生活しているのに災難を受け思わぬ苦しみにあえぐ人、それほど努力もしていないのにトントン拍子で出世する人、健康を自慢していた人が突然の病に倒れたり、と人さまざまです。それは何故でしょう。このことについて、本門佛立宗の教え歌に「おのが身にそなはるむくひあるならば まねかずとてもくるものは来ん」と、さらに「追へどもさらず、招けども来らずは果報の有無也」(扇全13巻321頁)とあります。つまり、徳のある人はその報いで良い暮らしができ、しかもあせらずして、いよいよ恵まれた境遇となりますが、徳の無い人は、いくらもがいても「貧ひんすれば鈍どんする」で、心身ともに貧しい暮らし向きに落ち込んでいきます。
仏さまは「因果応報」の道理をお説きになっていますが、過去において自分はどんな種まきをしたか、これが出発点です。1つは過去世(前世)の種まきはどうであったか、これはどんなものであったかわかりませんが、いま自分の受けている果報(前世の報い)によって過去世の種まきの良し悪しがわかるはずです。今1つは、今生(生まれてから今日迄)の行いの良し悪しの報いを受けているのです。さらにこのことについて、妙樂みょうらく大師だいしという方の教えに「我わが疾しつ苦くは、過去にあり、今生の修福報ひ将来にあり」と。病気・お金・心の苦悩などは、みな自分が過去に為なした罪の報いである。しかし未来の報いは、今生の行い次第で定まる。と、ですから、これから先の為には、つまらぬ欲のために、身をそこなわないよう、徳を積むことがなにより大事です。
功徳を積み、今の苦しみを脱し、未来の幸せを得るには正しい信仰でなければなりません。
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